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情報誌CEL

畑中 章宏

2026年03月02日

写真家と大阪  第4 回 百々俊二

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2026年03月02日

畑中 章宏

都市・コミュニティ
住まい・生活

まちづくり
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情報誌CEL (Vol.138)

ページ内にあります文章は抜粋版です。
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日本の写真史にその名を刻んだ大阪の偉大な写真家たち。その写真家が写し出した作品から、大阪の都市の様相を振り返る。第4回は百々俊二の《阿倍野区美章園》。


大阪の近代の痕跡が残る下町を写した作品


大阪市城東区関目で生まれ育った百々俊二(1947〜)は、九州産業大学芸術学部写真学科卒業後、東京写真専門学校教員を経て、大阪写真専門学校(現在の大阪ビジュアルアーツ・アカデミー)教員となり、1998年同校学校長に就任。2015年には入江泰吉記念奈良市写真美術館館長に就いた。写真集『楽土 紀伊半島』で日本写真協会年度賞、写真集『千年楽土』で第24回伊奈信男賞。写真集『大阪』では第23回写真の会賞と第27回東川賞飛彈野数右衛門賞を受賞した。

《美章園》を収めた『大阪』は262×262ミリの大判で全188頁。道頓堀や鶴橋、西成といったいかにも大阪らしい場所ばかりでなく、旭区の千林、阿倍野区の天王寺町北・南といった下町にも、8×10インチの大型カメラのレンズが向けられている。

「撮影のきっかけは自分の生い立ちの記憶から始まりましたが、大阪では、近代の歴史の痕跡が、案外と消えず界隈ごと残っているように感じました。大阪の半世紀を資料としていま見届ける、そんな写真作業になったと思っています。」(『大阪』「あとがき」)


大正時代に開発された住宅地「美章園」


写真に写る「美章園」は、大阪市阿倍野区北東部の名。大阪商工会議所第8代会頭で、「関西大学中興の祖」と呼ばれる山岡順太郎が、1921年に父・山岡美章の名にあやかった「美章土地株式会社」を設立、住宅地「美章園」を建設して、美章園駅の建設費を寄付したことに始まる。

美章園駅は、JR西日本(西日本旅客鉄道)阪和線の起・終点である天王寺駅の次駅にあたる。写真左側は、かつて、自動車専用道「大阪泉北線」が計画され、現在は都市計画道路「天王寺大和川線」の予定地で、長らく更地のままだが、美章園駅の南隣の南田辺駅近くに住んでいた筆者にとっては思い出深い風景だ。