
情報誌CEL
なぜ伝わらないのか、「言葉」から考える
作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
カテゴリー |
媒体(Vol.) |
備考 |
2025年09月01日
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川添 愛 |
住まい・生活
都市・コミュニティ
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ライフスタイル
コミュニティ・デザイン
消費生活
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情報誌CEL
(Vol.137) |
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「伝える」「伝わらない」というとき、私たちはまず「言葉」によるコミュニケーションを思い浮かべる。でもその言葉を私たちは深く理解し、正しく使っていると言えるのだろうか? むしろ言葉こそが、日々の生活のなかで誤解や短絡化や分断といったさまざまな弊害を生んでいる元凶なのではないだろうか。「なぜ伝わらないの?」という、そんな人びとのため息に対し、言語のエキスパートなら何を語ってくれるだろう? そして生成AIが語りはじめた饒舌な言葉を前にして、これから私たちはどう対処すべきなのだろう。言語学者・作家の川添愛氏から、特別な講義の贈り物をいただいた。
アメリカの構造主義言語学の代表的な学者であるチャールズ・ホケット(1916-2000)は、1960年代に人間の言語と他の動物のコミュニケーションを比較し、どう異なるかをまとめました。それ以外にも多くの学者が「言語とは何か?」について議論していますが、何が言語であって何がそうでないのかを決めるのはむずかしい問題です。ここでは「なぜ伝わらないのか?」を考えるうえで重要と思われるポイントに絞り、人間の言語がもつ特徴について考えてみましょう。
人間の言語には、音声言語だけでなく手話もあります。手紙やチャットのように、文字だけで意思を伝えることもできます。しかし、どれにも共通して言えるのは、「信号の組み合わせ」で成り立っていること、そしてそれらの信号の数には限りがあるということです。
音声でいうと、いわゆる日本語の「五十音」は二十数個の音素(母音や子音などの最小単位)を組み合わせたものです。文字について、日本語は2種類のかなと漢字を使っていて複雑そうに見えますが、それでも数は限られており、無限ではありません。英語をはじめとするヨーロッパの言語なら、アルファベットの大文字と小文字、記号などを合わせても、200を超えないでしょう。
言葉は有限の信号を使い、無限の組み合わせを生む
信号の数に限りがあるのは、やはり人間の記憶には限界があるからでしょう。仮に私の耳が細かい周波数の違いを無限に聞き分けることができたとしても、その違いをまともな言語として活用することはできません。