
増井 正哉
三浦 研
作成年月日 |
執筆者名 |
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2026年09月01日 |
増井 正哉 |
住まい・生活 |
住環境 |
情報誌CEL (Vol.139) |
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地域コミュニティの衰退によって「共助」が希薄になる一方、いわゆる「住宅弱者」への公助は限界に直面するなど、住まい・暮らしの社会的課題は複雑多様に広がっている。
解決の糸口はどこにあり、それを掴むにはどんな視点が必要か。
生活文化と居住支援、両者の知見からアプローチしつつ、住まいと福祉の間のつながりを考える試み――
都市の歴史、そこに暮らす人々の営みを研究してこられた「大阪くらしの今昔館」館長・増井正哉氏と、高齢期の住環境など建築と居住福祉が専門の京都大学大学院教授・三浦研氏が語り合う。
住まいと暮らしはどう変わったか福祉の視点からの問題提起
三浦 今日は、生活文化と居住福祉の架橋を考えるというテーマをいただいています。私の専門は人の行動や心理に基づく建築・施設設計の研究です。グループハウスの設計・建築などにも関わっておりますので、居住福祉という側面からお話ができるかと思っています。
増井 私はもともと大学で都市史や歴史的な町並みなどの保存・活用の研究をしていました。2021年からは、大阪の人々の住まいと暮らしの移り変わりをテーマとした「大阪くらしの今昔館」(以下、今昔館)の館長を務めており、かつての大阪の暮らしや住まいを通して次代へとつながるお話になればと思います。
三浦 今昔館では、ワンフロアで江戸時代後半の大坂の町家を実物大で再現されていて、今日の対話のテーマにはぴったりですね。
増井 大坂町三丁目という架空の町ですが、近世大坂の「町(ちょう)」[*1]の代表例として町並みを展示しています。さまざまな業種の町家が連なる表通り、裏長屋が並ぶ路地など、当時の「町」の空間が再現され、そこで営まれた暮らしや町の運営、人と人との関係なども、しっかり研究し具体的な想定をしているんですよ。
[*1]江戸時代の大坂における都市の基本単位。都市・大坂を構成した北組・南組・天満組の「三郷(さんごう)」には約620の町があった。町共同体は家持を正規の構成員とし、防災・清掃・治安維持・町会所の運営など都市運営の実務を担うとともに、行政と住民をつなぐ中間的な役割も果たした。
情報誌CEL