
佐藤 友美子
冨尾 博之
山納 洋
作成年月日 |
執筆者名 |
研究領域 |
カテゴリー |
媒体(Vol.) |
備考 |
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2026年03月02日 |
佐藤 友美子 |
住まい・生活 |
ライフスタイル |
情報誌CEL (Vol.138) |
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CELが設立された1980年代は、多くの企業が生活研究所を立ち上げた時代。背景には、「生活者」のライフスタイル研究が、事業活動において不可欠との企業側の認識があった。それから半世紀近くの時間のなか、社会・経済・文化のさまざまな変化に洗われて、企業にとっての生活研究は、その目的、意義、成果において、何が変わり、何が変わらないのか。1989年の設立以来、「サントリー不易流行研究所」「サントリー次世代研究所」において20年間近く調査研究に携わり、その後も生活研究の分野で多様なテーマ、さまざまなフィールドの調査研究、教育普及活動を続けてこられた学校法人追手門学院理事の佐藤友美子さんをお迎えし、企業の生活研究の歩みを振り返りつつ、未来へと向かうべき指針と期待について語り合う。
――佐藤さんが立ち上げに関わられたサントリー株式会社の不易流行研究所(1989年設立)をはじめ、1980年代は多くの企業で生活研究が行われました。私どもエネルギー・文化研究所(通称CEL(セル))も、そのひとつと考えています。本日は、そんな時代背景も振り返りながら、企業の研究所が生活研究を行うことの意義や課題についてお話を伺い、あらためて多角的に捉えたいと思います。
佐藤 まずは40周年、おめでとうございます。よくぞここまで続けてこられました。企業内の小さな研究所で仕事をした経験から、その大変さがよくわかります。サントリーは消費財をつくる会社ですから、「売れなかったらやめる」のは普通のこと。インフラを担う大阪ガスの「なくさないこと」を大切にする社風と、その点は多少違いますが。
――不易流行研究所は、早い時期から「生活の中の楽しみ」を研究されていました。設立当時、研究所のミッションや戦略をどう設定されましたか。
佐藤 1980年代、メーカーから消費者に近づく「川下志向」がありました。消費の傾向が個別化し、業界という壁は崩れ、これまで異業種であった企業がライバルとなりつつあるなかで、企業には迷いが生じ、「外部へのアンテナ」を必要としていたんですね。
情報誌CEL