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情報誌CEL

大西 拓一郎

2017年07月03日

ことばと「場」 新しい方言の生成

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2017年07月03日

大西 拓一郎

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情報誌CEL (Vol.116)

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行カンカッタ・飲マンカッタの生まれるところ

自身が育ってきた場所のことばをしばらくぶりに聞くと安心する。
そんな経験をもつ人も多いのではないだろうか。
各地域で話されることば(方言分布)の研究には、柳田国男の方言周圏論などが有名だが、現在フィールドワークを中心とした研究が進められ、その実際のデータから読み取れる新たな事実にも目が向けられている。
まさに学び直しが進む言語地理学の分野から「ルネッセ」を問う3回のシリーズ。今号では「場」を読み解く。

■方言は遠い日の焚き火ではない

方言は、懐かしいふるさとのイメージと直結している。小川のせせらぎにきらきら光るメンドッコ(メダカ)たち、田んぼのわきで摘んだツクシンボー(土筆)の束、クワメズ(桑の実)の甘酸っぱさ、肥やしのニゴイ(匂い)……。幾多のことばが五感をくすぐる。
ふるさとを離れ、(たぶん)功成り名を遂げたあなたの思い出とともに方言はある。しかし、そのふるさとには、今も暮らす人々がいるはずだ。それは年老いた両親だけではないだろう。あなた同様にしわの増えた幼なじみたちは、今も子や孫に、また、かつての同級生たちに、メンドッコ、ツクシンボー……と語り続けている。
年に数回、あるいは何年か何十年に一度しか帰らないふるさとの姿は、ずいぶん変わったかもしれない。一変したふるさとのようすが、ことばまで一掃したかのように想像させがちであるが、それは勘違いだ。人々は、あなたに昔と変わらないことばをかけてくれるし、旧友が集まれば、みな、方言で近況を語り、世情をこぼしたりしている。友人たちは、(都会で一花咲かせた)あなたのためにわざわざ昔のことばをかけてくれているのではない。ましてや、(故郷に錦を飾る)あなたのためになつかしさを演出してくれているのでもない。
あまりに当たり前のことなので、見過ごしたり、思い違いを引き起こしたりしがちであるが、方言は言語である。方言は言語として、その中核的機能により、地域に暮らす人々が互いに意思疎通するために使われる。生きた人間どうしが、日々の生活のコミュニケーションにおいて欠かすことのできない道具が方言である。方言は過去の遺産ではない。方言=文化という見方は、全面的に誤りであるとまでは言わないが、いったんそこから離れて、本質を見つめ直す姿勢は常に必要だ。

■方言は変化する

言語は必ず変化する。これは経験則であるとともに理論でもある。