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情報誌CEL

白幡 洋三郎

2008年03月21日

市民とパブリックスペースの系譜ーまちの物語へ

作成年月日

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媒体(Vol.)

備考

2008年03月21日

白幡 洋三郎

都市・コミュニティ

都市システム・構造

情報誌CEL (Vol.84)

ページ内にあります文章は抜粋版です。
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はじめに

 子どもたちに「パブリックスペースってどこ?」と聞かれたらどう答えよう。ぱっと思いついたところで言うと、「君たちが朝、学校へ行く途中の通学路、とにかく通ってゆくところがすべてパブリックスペースだよ」くらいだろうか。家の玄関を一歩出た目の前の道路から学校まで、途中近道したり公園を横切ったり、そんな道のりはすべてパブリックスペースである。こんなところが一番わかりやすい答えだろうと思う。日中のほとんどを過ごす学校も、やはりパブリックスペースと考えていい。

 大人に向かっても、ほぼ同様の答えになるだろう。多くの勤め人が家を出て駅に行くまでの道のりは、皆パブリックスペースだ。電車を待つ駅もまたパブリックスペースと言えるであろう。つり革にぶら下がってギュウギュウ詰めに耐える電車の車内も同じと考えてよい。利用料金を払っているけれども誰もが利用し、共に使用すべき一定の規則や暗黙のルールがある。電車を降りて会社の玄関に入るまでは、皆パブリックスペースと言えるし、また会社の内部も完全ではないが、パブリックスペースの性格を備えた空間と言うべきではないだろうか。我が家を一歩出た玄関先から再び我が家に戻るまで、不特定の複数の人間と共に利用する空間は、皆とりあえずはパブリックスペースと呼べるであろう。

 しかし、この説明による日本人の「パブリック」が、道路や電車、学校や職場といったワーカホリックな遊びや楽しみの乏しい空間イメージにつながるのが気にかかる。

 さて、日本には「天下の公道」という表現があった。人々往来する道は誰のものでもない「天下」の、しかし誰もが使う「公」道であるという意味にとってよい。もちろん江戸時代の「公」とはお上のこと。「将軍様の」というニュアンスがあると考えられるが、そんな「公」も含んでいたのが日本のパブリックだったと見るべきだろう。これなどは近代以前から存在したパブリックスペースをよく表現していると言えよう。そして、日本の近代以後を代表するパブリックスペース、近代的なパブリックスペースの幕開けを飾ったものはと言えば「公園」ということになるだろう。まずは、近代日本におけるパブリックスペースの代表とも言える公園の系譜を、ざっとたどっておきたい。