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2021年07月29日 by 池永 寛明

【起動篇】負ける姿を想像しつづけた男 ― まさか(2)

 

「これまで見てきた中で最強の柔道家」と試合後に伝説の柔道家であった井上康生柔道男子日本代表監督に言わしめた柔道73キロ級の大野将平選手は、東京五輪決勝の延長戦にもつれ込み、試合開始後9分半の激戦となり、支え釣り込み足で勝利した。絶対王者の大野だから、そんなに苦労せずに勝ち進み金メダルはとれるものと思っていた。しかし本番は、大半の人が想像していたような順調な展開とはならなかった。実際の試合は、大野が負ける可能性はゼロではなかった。しかし大野が五輪で勝ったのは、日々「自らが負ける姿」を想像し、それらの課題を解決しつづけた圧倒的稽古の質が引き寄せたのかもしれない。

 

 

1.勝つための楽観論と悲観論

 

いつからだろう、日本社会にポジティブ思考が流行りだしたのは。

プラス思考ともいう。きっとうまくいく、なんとかなる、悪い状況になっても、前向きに考えよう。“うまくいっている姿、成功している姿”をイメージするポジティブ思考は、「精神論」が蔓延している現代日本社会にマッチした。

 

日本人は「精神論」が好き。たとえばなかなか勝敗が決さず延長時間となり体力の限界が迫ってくると、突然、精神論が出てくる。気合いだ、気持ちをしっかりと持て、頑張れと。

 

柔道の日本選手は試合後に泣く。勝っても、負けても泣く。これまで柔道にすべてを捧げてきた、今日まで多くの人に支えられてきた、とりわけ柔道は日本発祥だから、絶対に勝たねばならない。柔道=日本だから、日本国民のために勝たねばならない ― その日本独特のプレッシャーがそうさせる。「精神論」に支配されると、そうさせる。

 

スポーツだけではない。企業にも「精神論」が蔓延している。それなりに議論はするが、ある程度議論をしたら、突然、気合いと根性の精神性が登場してくる。死ぬ気で頑張れ。なんとしてもやれ。そこで前向きな姿勢を示さないと、”根性がないなあ”と場に受け入れられない。だから課題を提起すると、”縁起でもないことを言うなよ” ”わが社は大丈夫なんだから”などと諭される。

 

この精神性は日本的といわれるが、正確にいえば「現代日本的」である。江戸時代までは、責任の取り方は「切腹」だった。その切腹は明治になってなくなった。だから日本は「精神性」に行った。

 

そして明治維新から日清戦争・日露戦争などの成功体験が「絶対成功神話」を生んだ。“日本は絶対に勝つ”、それが日本的「精神性」の基盤となった。「勝つ」と考えることがなににも優先され、「負ける」と考えたり言ったりすることが憚られるようになった。データにもとづかない楽観論が蔓延るようになった。その日本的精神論がポジティブ思考と融合して、「うまくいっている姿」「勝っている姿」をイメージせよという現代的思考法となって、日本社会に広がった。そしてそれが普通となった。

 

しかし大野将平の東京五輪での戦略は他とは違っていた。

流行りのポジティブ思考ではなかった。勝つ自分の姿ではなく、「負ける自分の姿」をイメージした。どうすれば勝てるのかではなく、「どうすれば負けるのか」という自分が負けるシーンを想像し、負ける要素を潰しつづけた。この「負のイメトレ」「自分に嫌な形を想定して隙を埋める練習」の徹底が五輪二連覇をたぐり寄せた。


 

2.まさかと仕方ない

 

体操の内村航平選手が鉄棒でまさかの落下で予選敗退となった。東京五輪は鉄棒一本に絞った。五輪に向けて、練習に練習を重ねてきた。あそこでちゃんと手がつかめるということを何回も何回も練習してきたが、本番であそこで手が滑った。徹底的に練習したが、滑った。その原因がよくわからないが、滑った。そこまでの大技も、落下したあとの技も、フィニッシュも完璧だった。しかし本人からすれば、あそこで手が滑ったのは

 

仕方ない

 

内村航平選手は手が滑るかもしれないと考えてそうならないように何千回も何万回も練習をしてきた。それでも手が滑った。そしてまさかの落下となった。

 

仕方ない

 

鉄棒から手が外れ、マットに背中から打ちつけられるようにバターンと落ちた。そこからパッと立って、表情を変えずに再演技した。演技後も、淡々と若い日本選手たちを応援した。内村航平選手にとっては、落下はまさかの失敗ではなかった。今回の経験も含めて、次の時代に向けて自分のかなえたい夢を託していこうとしているように感じる。だから内村航平選手の落下は、「仕方ない」仕方ないではないか。

 

 

3.深く広く考えるのをやめるようになった

 

「勝てたのは、支えていただいたみんなのお力です」

 

勝利した選手は、そう感謝するようになった。日夜サポートしていただいたスタッフへの儀礼的な感謝ではない、心底そう思っているように思う。五輪や世界選手権などの世界大会は、選手の力だけではなかなか戦えなくなった。団体戦だけでなく個人戦もそうだ。スポーツの世界も、企業のように、様々な役割のスタッフを集めてチームを編成して臨む。フィジカルな領域だけでなく、調査・データ分析・多岐にわたる総合戦略策定と戦術の駆使が求められ、その戦略性が選手の成績を左右するようになった。

 

しかしそのスタッフ・参謀の戦略力が企業・自治体の世界では、逆に劣化しはじめている。かつては何が起きてもいいように考え抜き、万が一のことが起きても対処してきた。それが、まさかこんなことが起こるはずがないということが続々と起こるようになった。まさかの数々に振り回されるようになった。それはなぜか。

 

かつては1つのことを成就するためには、99の手を考えよと教えられた。99までとは言わないが、これでもかあれでもかと考え、みんなで議論して、ありとあらゆる問題と課題を潰して、戦略・戦術・製品・サービスを練り上げていった。それが、5〜6くらいしか選択肢を考えないで実行するようになった。もうこれくらいで大丈夫だといって、深く広く考えなくなった。ところが、やってみたら、

 

それまで考えていなかったことが

次々と起こるようになった

 

さらにそれが起こった時に、それまで論理的だったリーダーが突然、

 

「それは、仕方ないだろう」

 

と言うようになった。そうではいけない。

日本のモノづくりは、あらゆる角度から徹底的に考え、ありとあらゆることを想定し、問題点・課題を潰してきた。モノを出す前もモノを出してからも、何度も何度も想像と創造を繰り返した。ところが、そのような現場での試行錯誤のプロセスに関わったことのない人がリーダーとなるようになって

 

「このくらいで、大丈夫だろう」

「そこまでは、もういいだろう」

 

と考えることをやめた。

 

だから考えていなかったことが起こって「まさか」と言うようになり、取り返しのつかないことになったら「仕方ない」というようになった。

 

 

4.手を抜くようになった

 

起こってはいけないところで、「仕方ないこと」がおこるようになった。組織のなかの人員が減ったからだ、持ち時間が無くなったからだ、精神的にストレスがかかってきたからだ…そうかもしれないが、それは表面的な問題で、本質的な課題は違う。では、なぜ「仕方ないこと」が続々と起こるようになったのか。それはこうだ。

 

手を抜くようになった

 

中途半端なところで、まさかそんなことはないだろう、まさかそんなことは起こらないだろうと、手を抜くようになった。まだまだ考えておかねばならないのに、もっと試して反応を確認しておかねばならなかったのに、手を抜くようになった。

 

東京五輪の出だしで、日本の有力選手の「まさか」「予想外」がつづいた。その「まさか」「予想外」には、2種類の「仕方ない」がある。

 

内村航平選手はまさかの落下をしたが、どんなに戦略を練っても手が滑ったのは、仕方ない「仕方ない」である。一方、水泳の瀬戸大也選手はいつものように決勝への体力温存のために後半の泳ぎを流し、まさかと思っていた予選で全員が最終100mを全力で泳いでくることが起こって、予選敗退した。本来の力を発揮できなかった。戦略の失敗といえる。それは、仕方ないとは言えない「仕方ない」である。この2つの「まさか」「仕方ない」には、大きな違いがある。

 

なにが学べるのか。徹底的にやりつくさないで適当なところでよしとするから、日本品質が出せなくなった。“若しかしたら、こうかもしれない、こうなるかもしれない”ということを徹底的に詰めるべきだということ。“これくらいで大丈夫だろう。そこまではいいだろう”と、考えるのをやめないこと ― そんな時間がないといったら、「まさか」が起こる。

 

(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)

 

〔note日経COMEMO 7月28日掲載分〕

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