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2021年06月30日 by 池永 寛明

【起動篇】折角を水の泡にする ―― 日本をダメにした「折角」(2)

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パラグライダーみたいに、折角、上空にあがったのだから、あがったところから悠々と飛びつづけていたい。まるで「貯金」していたように、人生を考えようとする。学生時代から一所懸命に勉強をして入ったこの会社。20年も30年も我慢して頑張って、今の立場にたどり着けた。折角、ここまで来たんだから、このままでいたい。その気持ちは分からないことはないが、その「折角」は、世の中では通用しない。かくも日本のいたるところ、「折角」だらけ。



1.折角って、どういう意味なの?

 

「折角って、どういう意味なの?」と外国人から訊かれると、どう答えたらいいのだろうか。折角は、日本人が使っている意味で正確に翻訳するのはむずかしい。英語で直訳的ではなく、意訳しようとすると

 

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 となるだろうか。折角=沢山の努力をしてきたのだから、それをマイナス・ネガティブな方向にはしたくない。ずっと自分が頑張ってきたと思う with much effort が無駄になってしまうから、折角、これまでやってきたことを続けたい。しかしそれって怪しくないか?折角というが、そもそも本当にずっと much effort してきたたのだろうか?

 

much effort していないのに、「折角」と言うのは、先行者の利益、年輩者の利益、既得権益、偶然に幸運に獲得した権益を守ろうとする思いが含まれているのではないだろうか。

 

「折角、人気の会社に入ったのに、こんな仕事はしたくない」と嘆く。「折角、ずっと準備してきたのだから、いまさら中止なんてできない」とムキになる。しかし本当にずっとmuch effortしてきたのだろうか?客観的に自分・自社の現状を理解できているのだろうか?

 

なんでもかんでも、折角。なんでもかんでも安易に、much effortと、いつからか言うようになった。努力をしていても努力していなくても、「much effortしてきた」と言うようになった。日本人が「折角」を込める考え・思いは、なかなか外国人には通じない。

 

このように much effort をしていないのに、「折角」を使うようになった。

 

“折角、この会社で20年も頑張ってきたのだから、いまさら辞められない”

“折角、飲食店を30店舗も経営しているのだから、コロナ禍で閉店できない”

 

なんだ、その折角とは?折角って、なんだ?

 


2.頑張る、我慢すると言う日本人


緊急事態宣言が解除されたもすでに第5波の兆し、全世代に広がったワクチン接種に、東京オリパラの開幕が近づくコロナ禍真っ只中のなか、社会全体が思考停止に陥っているような気がする。


コロナ禍の次を考える企業や組織の動きがどうも気になる。とりわけ企業や組織が行動するうえで認識している前提条件である。これからの展開を考える立ち位置が、コロナ禍前に戻っている企業や組織が多い。コロナ禍前の社会・経済・産業・ビジネスの延長線で考える人・企業が思った以上に多い。コロナ禍が終わったら元に戻ると。

 

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世界においてコロナ禍は戦後システムのグレートリセットという位置づけだと考えられるがコロナ禍は前の制度を「強制終了」しているわけではないので、変化の姿・形は目に見えない。自らがコロナ禍による社会的価値観の変化を読み解かないといけないが、コロナ禍が終われば元に戻ると考える人・企業が多い。だからコロナ禍の今は我慢して耐えるという雰囲気になっている。コロナ禍が収束しても元の社会システムに戻る保証はないのに、「折角」で、前のまま生き残ろうとする。我慢して、耐えたら、元に戻れると考えようとする。

 

折角、結婚したのだから、我慢。折角、結婚して子どももいるので、我慢。折角、結婚して、マンションも買ったのだから、我慢。折角、結婚したからの折角って、どうなんだろう。そんな我慢って、どうなんだろう。

  

折角には、前向きさやポジティブさは、ついてこない。なにかにしがみつく姿が浮き上がってくる。たとえば課長になったのだから、部長になったのだから、辞めない。今、辞めたらもったいない。じっと我慢していたら、なんとかなる。じっと我慢していたら、いつかよくなる。折角、これまでやってこれたのだから、頑張る。英語で、この日本人の「折角」の概念をはなかなか説明できないが、こんな我慢って、なんだろう。

 

 

3.折角を水の泡にする

 

もうひとつ「折角」と同じような不思議な言葉がある ―「水の泡」。水の泡とは、これまでの努力・苦労が無駄になるという意味だが、「水の泡」もそのあとに、「水の泡にしたくない」とつながる。人並み以上に頑張ってきた、今までみんなにいいねといってもらえてきた、だからそれまでのことはやめられない、変えられない。

 

このように折角も水の泡も、我慢してきたと思ったり、苦労してきたと思ったりする時に、登場してくる。一方、順調な時や楽しかった時には、折角や水の泡という言葉は出てこない。では、その二つの言葉をこういうように使ったら、どうだろうか。

 

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「折角」と思っている事柄を水の泡にしたら、どうにでもなれる、自由になれる。しかしなかなか折角を水の泡にできない。努力した人間が成功するのは当然だが、日本人は努力もしていないのに成功を求めようとするときにも、「折角」がでてくる。

 

折角、これまでずっと頑張ってきた、努力をしてきた。だからこれまでの努力を無駄にすることはできない。しかし努力って貯金ではない。ずっと一生努力の筈だが、未来のために貯金しておけば、未来は安泰と考えてしまう。平常時でもそうだが、コロナ禍という変革期にじっとしていたら、今までどおりにしていたら「ゆでガエル」になる。ゆでガエルになったら、努力そのものが無くなってしまう。だからこそ「折角」を水の泡にして、次に踏み出そう。

 

日本社会を閉塞に陥らせているのが「折角」。その「折角」を水の泡=リセットすることで、社会を前進させることができるのではないか。

 

「折角、大学を出たのだから、いい会社に勤めないといけない」―そんな「折角」はない。大学に入るのは学びたいから。就職の段階で大学での努力が評価され、その会社に入ったということは判る。しかし大学に入ったからと言って、いい会社に入れるわけではない。そんな「折角」はない。「折角、何千万円もかけて大学に入ったのだから…」の折角を水の泡=リセットにして、今を頑張れば、次が拓ける。

 

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現在はコロナの禍中。コロナ禍リセットとは、それまでのすべてをゼロにすることではない。コロナ禍で進めていくリセットは、あなたが思っている「折角」を水の泡にすること。「折角」だといってきた事柄をリセットして、次に進むこと。現在を一所懸命努力すれば、次が拓ける。

 

(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)

 

〔日経新聞社COMEMO 6月30日掲載分〕


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