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2021年04月28日 by 池永 寛明

【起動篇】「ターゲット」をしぼったから、あかんようになった ― コロナは終わらない(中)


みんな、どこに行こうとしているのだろうか。3度目の緊急事態宣言が発出され、大きな商業施設や飲食店は休業、テレワークの徹底・オンライン授業の復活などで外出抑制されているが、街を歩く人たちはどこに向かっているのだろうか。コロナ禍2年目の初夏、みんな、どこに行こうとしているのだろうか。


1. ターゲットをしぼるようになっておかしくなった


「ターゲットという発想は正しいのだろうか」と、世界的建築家の坂茂さん。まちづくりでお話を聴いたときに、

日本のまちづくり、モノづくりはターゲットをしぼるようになっておかしくなったのではないか

という課題提起をされた。

東京ディズニーランドは子ども向けではない。大人も楽しむ場所である。USJもそう、子ども向けではない。大人も感動する場所である。特定のマーケット、特定のユーザーをターゲットとしたテーマパークがつくられ、当初は話題を集めるが、次第に飽きられてお客さまが来なくなる。ターゲットを子どもに設定したから、「子ども向けでいい」→「幼稚でもいい」→「嘘物でもいい」といったモノにしてしまいがちだが、子どもにもそれを見抜かれ、見放された所が多かった。お客さまが来ないだけではない。そういうモノばかり作っていると、本物をつくることができなくなる。それで力が落ちていった。

最近のトレンドはこうだからターゲットはこうしよう、他とはちがう、他より目立つ、他よりユニークな服を、菓子を、料理を、車を、建物をつくろうとする。一瞬はみんなの目を引くが、すぐに陳腐になり、売れなくなる。いつからか日本はこうなった。一方欧州でつくられるモノはいつまでも輝き、いつまでも売れつづけ、いつまでも大事に持ちつづけられる。そのモノはずっと変わらないわけではない。ずっと手を入れ、磨き、見えない変化をしつづけている。日本もかつて多くのモノはそのようにしてつくった。どこでどう変わってしまったのだろうか。


私の会社がある大阪船場にビルやタワーマンションが新しく建ちつづけるが、その隣に古い建物が残っている。街は新旧混じりあって質感を高めるが、100年以上前のビルが現役として残っているのに対して隣のビルが30年や40年で建て替えられるのはなぜだろうか。もっと古い1000年以上前の寺社仏閣や400年以上前に建てられた城が今も人々を魅了するのに、新たに建てられるビルやマンションに感動しないのはなぜだろうか。

そこに想いがあるかないか。その建物への思いがあるのかないのかではないだろうか。戦国時代に生死の間を駆け抜けてきた武将にとっての城は、たとえば信長や秀吉や家康にとっての城は、自分たちの生命を守る魂そのものだった。それは不変の想いだから、現代人にも伝わる。一方新しいビルには高度の技術が駆使されているが、心を揺さぶることは少ない。

2.「選択と集中」は正しかったのか?

企業はいつからか「ターゲット」を多用するようになった。ターゲットはどこ?ターゲットは誰?と、オフィスで「問答」することが増えた。「マーケティング」が重要だ、マーケティングの基本だといって、市場セグメント、セグメンテ―ション、ターゲティングといったマーケティング用語が飛び交い出したのは、30年前の1990年代。30年前の1990年の日本は、日本経済史上の頂点となった。平成元年12月29日に日経平均史上最高値をつけるバブル絶頂となったが、平成3(1991)年にバブル経済崩壊以来、平成時代はバブルに色濃く染められていく。日本は平成時代のなかを失われた20年・30年に沈み、令和2年にコロナ禍となった。


「ターゲット」を企業が使いだすようになったのは、バブル崩壊後。浮足立つ空気が消え、右肩成長神話が崩れ、平成不況に陥り、減量経営を進めるなか、GEを立ち直した伝説の経営者のジャック・ウェルチの「選択と集中」の言葉が2000年前後から流行しだす(本当はウェルチは「Focus」といったが、「選択と集中」とは言わなかった)。不採算部門の整理・統合の文脈で便利な経営用語として使われた。当時、企業のなかでつくられた経営戦略や事業戦略の多くに「ターゲット」や「選択と集中」が書き込まれた。これらの言葉は極度に膨張したあとバブル崩壊した日本にとって、都合のよい用語だった。



何が問題なのか。なんでもかんでも「ターゲット」をしぼり、「選択と集中」をしていくうちに、市場が小さくなったことである。もっと大切なことがある。どんどんターゲットをしぼっているうちに、大切なことを見失い、気がつかないうちにそれを捨ててしまい、市場全体が見えなくなったことである。「選択と集中」で、無くしてはいけないことを捨ててしまった。海図や羅針盤が無くなって、暗闇のなかをあてずっぽうに10年も20年も寄港せずに海を漂流しているうちに突然コロナ禍に入ってしまった。



3.コロナ禍の現在、「市場観」を取り戻すチャンス

いつからだろうか、日本は変わった。いつからか日本は



ようになった。技術開発をおこなって、良い製品をつくった、魅力的な商品をつくった、開発部門から製品を渡されて、「さあ売ってくれ」といわれるようになった。まず製品・商品から発想するようになった。製品・商品が起点。これをどこに売るんだよ?ターゲットはどこだよ?じゃここをターゲットにして売ろう…と発想するようになった。逆様である。日本は製品・商品ばかり追いかけて



そうしているうちに、市場観がにぶっていった。

そしてコロナとなった。まず世界との移動ができなくなって「鎖国」状態になり、外国人観光客をターゲットにしていたホテル・旅館・商店・旅行会社がこれまでの儲かる事業構造を崩し、都心の密を減らすために在宅勤務・リモート講義が強制的にはじまり、交通機関・ファッション・企業・学校に影響を与え、接待が自粛となって都心の料理店やクラブやラウンジに打撃を与え、外から家にシフトして郊外の店や食品スーパーに人々が集まるようになった。

コロナ禍で新たな二極構造がうまれた。変化できる国と変化できない国。変化できる人と、変化できない人。変化できる企業と変化できない企業。変化できる都市・地域と変化できない都市・地域。コロナ1年目は想定外だったが、コロナ2年目となった令和3年、二極が多くのところで顕れはじめている。

突然、コロナとなって、静かな混乱が始まった。世界で広がるコロナ感染と都市封鎖を参考に、1回目の緊急事態宣言が発出され、



が求められ、コロナ禍は社会的価値観に影響を与え、ライフスタイル・ビジネススタイルを変えた。コロナ禍によって、コロナを契機に本格化したDXによって、コロナ禍社会の様々な

これがコロナ禍の本質のひとつであり、



が再編成されていく。これら関係性の変化によって、需要構造が変わり、産業構造が変わる。コロナ禍によって進むコロナの社会影響はこのように終わらない。

では、どうしたらいいのか。製品や商品ではなく、市場から観て考動するのだ、人々の考動から観て考動するのだ。「観」をとり戻すのだ。コロナ禍を生き抜く重要な力である「観」を再起動するのだ。この「観の覚醒」を「日本再起動」という本に書いた。ご関心があれば、ぜひお読みください。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)


〔日経新聞社COMEMO 4月26日掲載分〕



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