CELは、Daigasグループが将来にわたり社会のお役に立つ存在であり続けることができるように研究を続けています。

エネルギー・文化研究

  • サイトマップ
  • お問い合わせ
  • 大阪ガス総合トップ
  • 大阪ガス

JP/EN

Home>コラム

コラム

コラム一覧へ

2021年03月11日 by 池永 寛明

【時間篇】10年前、あなたはなにをしていたのか ─ コロナが終わったら、元に戻るの?(下)


あれから10年が経った。10年前と変わったことと、変わらないことがある。あれがあったから、変わったことがある。あれがあっても、変らなかったことがある。10年を振り返ると、あれがその後を大きく左右する出来事だったこと、あれがその前とその後のあとの岐路だったことに気づくことがある。


1. あの日、どこにおられましたか?

「あの日、どこにおられましたか?」と、数年前まで出会った人と親しくなったら、東日本大震災のことを話すことが多かった。10年前、私は東京で仕事をしていた。311の東日本大震災発生時は大阪にいて、東京の霞が関に近い仕事場に戻るための交通機関を探したが、すべて停まり当日に東京に戻れなかった。その日はテレビで震災現場の風景を観ながら、SNSで職場と連絡をとりあった。翌朝、東京から西に向かう人とは反対に、乗客まばらな新幹線で大阪から東京に向かった。

地震は311当日だけではなかった。毎日のように度重なる大型余震に事務所は揺れた。テレビは福島原発を映し続けていた。それからの3週間、震災復旧・復興に関わる仕事をした記憶は、今でも明瞭に覚えている。3週間で3か月・半年かかるような仕事をこなすようなスピード感・ボリューム感で仕事をした。三十数年の会社生活のなかで、阪神・淡路大震災と東日本大震災における復旧業務を経験したが、この東京での3週間が会社生活で最も長く濃密でハイの日々だった。4月に混乱がつづく東京から大阪に帰ったが、この10年、311に引きずられた。311は、それからの10年間の私の感じ方・考え方・仕事に大きく影響を与えつづけた。

311は社会の様々な事柄を変えつづけ、10年が経った。10年も経ったのか10年しか経っていないのか。そのどちらでもあり、そのどちらでもない。10年経っても、311における新しい情報が出てくる。311はなにも終わっていない。私の「311」は現在進行形である。

そしてコロナ禍。10年後、このコロナ禍に入った現在をどう思い出すだろうか。「あなたは、あの時、なにをしていたのか?」に対して、どう答えるだろうか?


2. 令和時代を象徴する社会現象となるかもしれないコロナ禍


「これからコロナ禍はどうなる?」をテーマとした講演の依頼が多い。毎週どこかで企業や大学などで講演・講義をしているが、「なんやかんやいっても、元に戻るのではないか」とか「元に戻ったら、なんとかなる」と言った思いで、話を聴いておられる人が多いような気がする。「元に戻らない」という話を始めると、オンラインで聴かれている人の反応はつかみにくいが、会場の空気が凍りつくのを感じる。みんな、コロナ禍前そのまま戻ることはないだろうが、コロナがなかった時代に戻れたら戻りたいと本音は思っている。



「いつまでコロナ禍はつづくのだろうか?」
いつかいつかと思っていたワクチン接種がはじまった。これでやっと、コロナ禍も収束が近づいたという期待感でニュースを観ている人が多い。ワクチンでコロナが収束するなら、インフルエンザはとっくに絶滅・根絶している。しかしインフルエンザは毎年流行する。コロナだけが消えてなくなるわけではない。

ここで大切なことがある。流行病としてのコロナ禍と、コロナ禍となったことで引き起こす社会・時代影響=コロナ影響は別物であるのに、両者が混同されているが、コロナ影響は



それは、これまでの歴史が物語っている。コロナ禍影響を10年というような時間軸で捉えることが大切である。

平成から令和に変わり、令和2年に疫病が流行った。それから“営業自粛、緊急事態宣言、ウィズコロナ・三密・3つのNo・5つの小・ソーシャルディスタンス・オンライン飲み会・勝負の○○”などといった言葉遊びのようなスローガンが次々に発せられたが、先行きが見えない社会のなかては響かず、不安定な空気のなかで不安感・違和感につつまれ、変に浮き立つ。どこか戦時中の標語「欲しがりません勝つまでは」がつくりあげた時代の空気に似ている。

コロナ禍は、令和時代のスタートに象徴づけられる社会現象となるだろう。令和一桁時代を混とんとして浮き立つ時代の空気として刷り込み、令和一桁時代を「コロナ時代」として社会を大きく変えつづけていく社会現象となるような気がする。

3. 浮き立つ一桁時代の空気


30年前にさかのぼる。昭和時代から平成時代になった。新しい時代である平成時代は、平成元年12月29日に日経平均史上最高値を付けるというバブル絶頂という浮き立つ空気から始まった。そして平成3年のバブル崩壊から次々と不景気に見舞われ、長期の平成恐慌が続き、それが回復する前に平成20年のリーマンショックに襲われた。


バブル絶頂からバブル崩壊となり平成恐慌となっていくが、平成生まれの子どもが小学校に通いだす平成7年になると、子供は平成しか知らないし、大人たちも昭和時代のことを断片的にしか思い出せなくなった。このように平成も10年も経てばすっかり平成時代にはまるが、時代はバブル崩壊に色濃く染められる。

平成3年のバブル崩壊から、失われた10年となり、失われた20年となり、失われた30年になっていったが、平成時代の方向性は最初の3年に決定づけられたといえる。

平成一桁時代は「バブル崩壊」に大きく影響され、経済のみならず企業・産業・教育・生活・サービス、何よりも社会的価値観に大きな影響を与えた。この「バブル崩壊」が平成時代全体を象徴づける社会現象のひとつとなったといえる。

さらにさかのぼる昭和一桁時代は、昭和金融恐慌から軍国主義の台頭から15年戦争という浮き立つ時代であったし、明治一桁時代は明治維新によるパラダイムシフトで浮き立つ時代だった。このように新年号一桁時代におこった社会現象が時代の空気・社会的価値観に影響を与え、決定づけることが多い。

4. 本質に沿って変化するということ

では令和時代はどうなるのか。令和一桁時代は「コロナ禍」に特徴づけられるだろう。「いつ収束するのか判らない」と不透明ななか混乱と浮き立つ空気で進んでいる。しかし「コロナ禍」で大きく変わった事柄は徐々になじんでいき日常になっていくが、本相・本質なことは昭和・平成時代と何も変わらなく承継されていく。時代は変わることと変わらないことが混じりあいながら進んでいく。問題は、コロナ禍で変わったことがどうなっていくかである。

コロナ禍が収まったら元に戻るのかというと、戻らない。戻らないといくのがコロナ禍の本質である。働き方はコロナ禍を契機に、DX(デジタルトランスフォーメーション)によるテレワーク・リモートワーク・オンラインミーティングと言った新たなコト・モノが、コロナ禍前と不連続変化で進んでいく。当初は違和感があっても、3年経ち5年経ち10年経つと、慣れていって、定着する。しかし「なんのために働くのか」とか「企業とはなにか」といった本相的・本質的なモノ・コトは、コロナ禍前もコロナ禍もコロナ禍後も変わらない。いや変えてはいけない。

たとえばコロナ禍が契機で、DXを活用してコミュニケーション方法がどんなに変わろうとも、人に対する感情・感性という本相や物事の本質は平成・昭和・大正・明治時代と何も変わらない。万葉集や源氏物語や枕草子を読んで今に通じるモノ・コトを感じ共感するのは、変わらぬ本相・本質が描かれているからである。

だからこそ、コロナが終わって10年が経ったとき、どのような姿になっていなければならないかというと、変えてはいけないモノ・コトと、変えていくモノ・コトを踏まえて動いていかなければ、時代に取り残されて時代に流される。だから


10年後に変えるべきことを変えていなければ、社会で残っていられない、選ばれていない。
コロナ禍の現在はみんなが浮き立っているから目立たないが、コロナ禍が作り出した社会が普通になったとき、変われた人・企業と変われなかった人・企業の間が、大きな差になっていることに気づくことになる。

大切なのは、物事には変えてはいけないことと変えなければいけないことがあるということ。そして、その本相・本質が何であるのかを理解・認識したうえで、変えてはいけないことを変えず、変えないといけないことを変えつづけることである。


コロナ禍で浮き立つ令和2年・3年・4年に、何を考え、何を準備し、どう動くかで、これからが大きく変わる、大きく変えうる。10年後、こう質問されたとき、あなたはどう答えるだろうか。
「あなたは、10年前、なにをしていたのですか?」


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)


〔日経新聞社COMEMO 3月10日掲載分〕