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2021年02月19日 by 池永 寛明

【起動篇】なぜあなたはネクタイをしめるのか


コロナ禍後の社会はどうなるのか。未来はどうなるという予測・予想は信じたもののみ、能動的に生きることができる。たとえ予測・予想が外れても変化に応じて生きていける。

コロナ禍は大変だけど、なんだかんだ言って自らを変えない。コロナ禍で“ゲームのルール”が変わるからそうなるといわれてもそうならへん、やっぱりそれはでけへん、やっぱり無理や…と今までどおりする、変えない人・企業が多い。

単純な算数をする。現状維持で「変えない」と考える人が8割と圧倒的「多数派」であったとしても、2年目には0.8×0.8=0.64となって変えない人が6割でまだ多数派である。しかし3年目は0.64×0.8=0.51で半々、4年目には0.51×0.8=0.41となり4割となり5年経てば0.41×0.8=0.33となって変わらない人が3割で「少数派」となる。保守的な国民性といえども5年経てばガラッと変わる。しかし明治維新、敗戦に続く大断層(リセット)ともいえる、コロナ大断層(リセット)はどうなっていくのだろうか。よりよい方向に変わるのだろうか、どうもそうではないかもしれない。


1.あなたの産業を部活で喩えれば


コロナ禍後の産業をどうするか、どう育てるのかの議論に参加した。その議論のなかで、それぞれの産業を部活に喩えた。これから育成すべき産業は部活でいえば剣道部なのか、ボルタリング部なのか。体育会の会議のひな壇には剣道部や柔道部や陸上部や野球部が並び、会長や副会長という役職に就き、多くの予算を握る。しかし、“新興”であるボルタリング部やスケートボード部やバトントワリング部はどんなに世界的で活躍しても一般席で発言はなかなか許されず、予算の割りあても少なく、部室すらないこともある。古いと新しいのちがいが決定的である。

新たな産業や新規ビジネスを考えるとき、この体育会の会議室の風景を思い出す。ベンチャーの育成、これからの産業、企業で新事業のを検討をするとき、体育会のひな壇に座る部活のような“名門”“老舗”産業を基準とした議論となり、新しい産業や事業の議論は軽視されたり無視されたり、色眼鏡で見られがちである。
“そんなの聞いたことがない。それってスポーツなの?遊びじゃないの?”というように、下に見る。いくら“ひな壇”部活よりも部員なり、対外成績なり試合応援客が多くても、そんなの関係ない。名門産業だというが、かつて日本経済の中核を占めていたとしても、現在GDPのどれだけを占めているのかは話題にならない。かつての姿のままで議論する。


産業にはいろいろな業界団体の協会や組合がある。東京のオフィス街を歩いていると、○○組合とか、△△協会といったビルや看板をよく見る。何の産業?まだその産業は存在しているの?といったような“産業”の組合や協会に、補助金や助成金があったり業界が守られたりすることに気づくと、本当に育てるべき新たな産業、守るべき重要な産業があるのではないかと感じたりする。

あなたが40歳台で大手の名門企業に20年勤めて転職しようと考えたとする。転職先として、世間でよく知られている産業・企業に行ったほうがいいのか、それとも世の中で知られていないが将来性有望な産業・企業に行ったほうがいいのかを迷う。

なぜ悩むのか。意思決定を転職する本人だけがするならば、かつて名門だっただろうが今さら○○産業じゃないだろうと考えるが、家族や親からしたら“どうしてそんなよくわからないところに行くの?”とあきれられたりする。そんなところに転職したら”親戚や近所に恥ずかしい”といって反対されたりする。一方子どもたちはイイねという。このように世代間に大きなズレがある。コロナ禍のなか、このズレが日本でさらに広がる。

2.なぜあなたはネクタイをしなくなったのか?


コロナ禍で、服装に大きな変化がおこっている。とりわけネクタイをしない会社・人が増えた。ネクタイが社会人・企業人の象徴であるように思う人が多いが、日本はいつからネクタイをつけだしたのか。


多くの日本人は戦前までネクタイをつけなかった。ネクタイは戦後から普及した。企業人はスーツを毎日毎日そうそう替えられないのが、ネクタイなら交換できるということで、いろいろなネクタイをつけだした。
戦前の会社の風景を再現したドラマを見ていると、ネクタイをほとんどつけていないことに気づく。つけているとしたら蝶ネクタイである。そして帽子をかぶる。制服やまだまだ和装の人がいる社会での洋風だった。
戦後、その帽子をかぶらなくなり、みんながスーツを着るようになった。それが企業人のユニホームとなった。ただスーツやシャツをたくさんは持てないので、ネクタイでアクセントをつけた。こうしてネクタイが企業人のアイコンとなった。

 

日本人はネクタイが好きだった。企業人へのプレゼントもネクタイが多かった。ネクタイをしたら、ピシッとするように見えたし自分も思っていた。2005年に地球温暖化対策としてクールビズが始まりだしたときは、ネクタイをとった姿はだらしなく見えるのでいかがなものかという声も多かった。しかし時が経つと、とりたててクールビズと言わなくなり、ネクタイをとってもおかしくなくなり、町からスーツとネクタイの姿が減っていった。

そしてコロナ禍でのテレワークとなった。仕事を家でするようになって、スーツを着なくなった。オンライン面談が増え、採用面接などでの服装自由化が進み、リクルートスーツが売れなくなった。社会幻想のようにみんなが持っていたドレスコード「スーツと白シャツとネクタイををつける」というスタイルが、コロナ禍で一気に崩れようとしている。

家でのリモートワークで、そんな格好では仕事にならないと、スーツとネクタイをしなくなった。こうしてビジネスマンが朝起きて、髭を剃って髪をととのえ、ネクタイをしめスーツを着て革靴を履いて鞄を持って出勤して深夜帰ってくるという戦後75年間のスタイルがコロナ禍で今は昔になろうとしている。

3.なぜ年寄りが前に立つのか?


コロナ禍でおこっていることの本質は、前の世代が当たり前にしていたカタチが当たり前でなくなり、そしてそれが意味を持たなくなり、そもそもがなくなっていくという大断層(リセット)である。
「権威」が、”これから、このスタイルをやめる”と言うのではなく、これまで中心ではなかった若者たちがおこなっていたスタイルをみんなが真似をしていく、取り組んでいくというカタチである。この変化がコロナ禍でおこっている。


幕末・明治維新の志士は20歳台30歳台が多かった。明治維新は若者たちが幕府や藩の年寄りの世界をひっくり返した。ほとんどが若い下級武士たちで、彼らが中心になったからといって、国が方向を間違えたかというと、そうではなかった。年寄と若者がそれぞれの役割分担で日本を成長させた。

 


若いやつに任せると間違えるという人がいるが、戦後復興の立役者たちも若かった。だからできないことはないはずだが、コロナ禍リセットのなかに登場してくるのは年寄りが多い。

なぜそうなのか。年配者が何かを言ったら、みんな文句がいえなくなるという日本社会の構造を利用しているのだ。若い人をトップに据えたら、みんなから意見や反論が出て収拾がつかなくなるということをおそれる。だから年寄りという「権威」を使って、黙らせようとする。シナリオどおりにまとめようとする。だから今までどおりでいこうとする。だから変えない。だから変わらない。それが日本の構造。

それがコロナ禍のなか、日本を誤った方向に進ませている。だめだったら“できる人”に交代するというのが世の中の原理原則で、社会の進歩の最前線に立つ人を登用すればいいが、なかなか交代しない。

なぜか。もめたくないのだ。もめないでおさめたいから、日本人は「楽」をしようとする。だから「権威」に依存したり、世の中に「偉い」という記号を持つ人を前に立たせて話をさせて、それで収めようとする。若い人のほうがはるかに進んでいることはわかっているが、若く有能な人は「本当のこと」をいってしまう。だから場が紛糾して収拾がつかなくなるとめんどくさくなるので、前に出さない。
だから「場を収める」ことが目的の体制にする。だから先延ばしにする。だからいつまでも解決しない。だから深刻さが増す。

世界が同時進行中のコロナ禍だからこそ、日本のこの課題が浮き上がってくる。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)


〔日経新聞社COMEMO 2月17日掲載分〕

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