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2020年08月25日 by 池永 寛明

【交流篇】“東京”でしか情報が手に入らない時代ではない ― 合州国時代へ(下)


「情報」は東京にしかない、東京に行って集めなければならないとみんな思っていた。たった15分のアポのために、場合によればアポなしに「その人」に会うために、新幹線、飛行機に乗って東京に移動した。今の難局を乗り切るための講演とか、これからの商売につながりそうな新しい技術の講演を聴講するために、業界団体の会合に出席するために、早朝に自宅を出て、当日では間に合わないので前日から移動して、東京に行った。そして深夜に自宅に戻った。


古代から日本は奈良・京都を中心に五畿七道が形成され、ヒト・モノ・コトは全国から都に「移動」するネットワークを形成・運用してきした。徳川江戸幕府に入り、3代将軍 徳川家光が1635年から江戸への2年ごとの参勤交代を制度化した。幕府の狙いは、各藩に参勤交代させることによって浪費させ、各藩の財政力を低下させ、軍事力を弱体化させることで、江戸徳川家の安泰をはかろうとした。しかし江戸時代は必ずしも江戸にすべてが集中したわけではなかった。“政治都市の武家の江戸” “御所・天皇・公家のいる京都” “天下の台所の町人の大坂”という機能分担をおこない、有力藩などとともに多極化して日本全体で発展させてきた。
明治維新による京都から東京への奠都に伴い、東京「中央集中」政策による全国掌握、殖産興業のため、国道・鉄道・郵便・通信が東京を中心・頂点にした全国ネットワークの形成が行われ、平時・有事において「東京」から全国に、全国から「東京」に「移動」できるようにした。昭和に入り、戦争に備えて、さらなる東京の機能集中のため、業界団体組合の本部をはじめ、あらゆるモノ・コトの東京集約化が図られた。それは戦後・平成時代と、さらに加速した。このようにして1635年からの徳川江戸幕府時代につづく東京時代のへと400年がつづいた。そしてコロナ禍となった。

 

情報は、早期に良質で鮮度の高いモノを手に入れるのだ、とトップ、上司から指令をうけ、東京に向かった。営業も企画も経営も“情報”を手に入れようとした。“情報”が手に入ると、優位となった。
情報は“東京”にしかない。だから東京に行って東京で集めた。東京だから手に入る、だから東京に行く。東京にはいっぱい“情報”があると思い、情報を持っているだろう人に近づく。その人と仲良くなって情報をもらおうとした。そのために接待する。夜の飲食接待をして、土曜日曜のゴルフをして、場合によれば相手の趣味の釣りや山登りにつきあって、情報をもらった。いちいち出張するよりも、もっと組織的に情報を収集しようと、東京に人材を赴任させて情報収集を主たるミッションの「渉外」「東京担当」といった名刺をもって、さまざまな会合に顔を出させる。こうして名刺収集コレクターとなって収集した名刺の数を「人的ネットワーク」と自慢する。このようにして東京で玉石混交の情報をあつめて、派遣元に伝えた。“良い”情報を手に入れたら、“よくやった、えらいぞ”となり、その組織で出世したりする。しかし大半はどうでもいい情報ばかりで、役立たないことは判っているが、“東京”にいないと、遅れをとるかもと考えて、東京に人材を赴任させる。この空気感はあたかもバブル期のビジネス文化を描いている“半沢直樹”のよう。



その「東京情報収集文化」の必要性・優位性が崩れつつある。コロナ禍となり、東京に行かなくてもオンライン会議できるようになった。オンラインで講演を聴くことができるようになった。それも東京ならば大空間の講演会場で講演者が米粒のようだったり、スクリーンも観にくかったり、声も聴きとりにくかったりするが、オンラインならば高画像、高音質で判りやすい。現地に行くよりも良い。
どこでだって、だれだって、場合にいつだって聴講できるようになった。必要な要件があるならば、オンライン会議もできる。それも木目細かくできる。毎日だってできる。良い提案ができるのだったら、オンラインで「営業」だってできる。


オンライン会議やオンライン営業はむずかしという人がいるが、なにを議論するのか、なにを説明するのか、なにを決めるかが明らかでなければ、うまくいかない。それはオンラインでなくてもリアル・対面でもうまくいかない。会議も営業もGIVE&TAKE。こちらが相手に提供する情報が相手にとってメリットのあるGIVEでなければ、相手は会ってくれないし、大切な情報を出さない。この当たり前のことが判らない人が世のなかに多い。
できる営業マン、できる企画マン、できる経営者は話をしていて楽しい。それはオンラインでも同じ。どのような“環境”で話をするかではなく、なにを話し合うかである。しかしなんのために来られるのかが分からない人、話をしていて退屈な人、面白く無いという人が恐ろしく多い。そんな人は、相手からオンラインミーティングに決して呼ばれない。アポは取れない。こちらには会ってほしい理由はあるけれど、相手には会う理由はない。だから会えない。ではどうしたらいいのか?相手に会っていただける人になるべく、自らを磨くのだ。相手に、オンラインで話したいといっていただける人材になるのだ。相手に役立つ情報を考えて提供しないと、オンラインしていただけない。そもそも勉強不足なのだ。オンラインになればよりそれが求められる。相手に会っていただける「人材」にならなければいけない。
そしてもうひとつ。情報はどこでも、だれでも、いつでも手に入るとなる。東京だからという優位性はなくなり、全国いっしょになる。とすると、入手した情報をどう理解して、どう編集して、なにを生みだすかが大切になる。これこそ、コロナ禍後の鍵となる。



それだけではない。東京に出張したら、移動時間もかかる。移動に伴う人件費に交通費に本来東京に行かなければできただろう「仕事」ができない。そのロスがある。移動中の新幹線や飛行機のなかでも「仕事」はできるが、オフィスや在宅ワークのようにはいかない。正直、睡眠不足や疲れのため寝ている人が多い。よって出張の大半は非生産的である。オンラインで“東京”情報が得られるなら、わざわざ出張する必要はない。東京赴任しなくてすむならば、東京赴任しない。出張に伴うコストがなくなり、出張したためにできなかった仕事ができ、機会喪失した仕事がプラスに転じる。プラス・マイナスどうだろう。オンラインのためにかかる少々のネットワーク費用など、お釣りがでる。東京以外の会社・人はこれまでとてつもない「浪費」をしていた。現代版「参勤交代」だった。この参勤交代がなくなると、とてつもなく東京以外にはメリットがでてくる。にもかかわらずオンラインはイヤだ、オンラインは非効率だという人は別の理由がある。


IT・IoT・AIなどを「技術」としてとらえ、日本はそれらの社会への展開が十分ではなかった。ITは情報技術であるが、“このときどうするのか”というアルゴリズム(問題解決するための計算処理手順)の世界である。ITの本質をこれまで日本は読みちがえた。ITは技術だけでなくノウハウである。オンライン会議、オンライン講演、オンライン診察、オンライン美術館、オンライン博物館、オンラインアスレチック、オンライン料理教室、オンライン能楽、オンライントラベルなどは今までリアルでしか得られなかった世界とバーチャルでしか得られなかった世界を組みあわせることで、飛躍的にパフォーマンスとクオリティを高められる可能性をみんな気づきだした。


これまで日本はリアルかバーチャルか、白か黒か、都市か郊外かの二者択一、二項対立的に考えがちだったが、本来日本の強みであったA×Bの融合による新たな価値の創造という日本プロトコールが進みだそうとしている。そのサービスを受ける人にはメリットがあるが、サービスを提供する企業・店・アーティストとしてビジネスが成り立たないというが、これから成り立つ「収益構造」を考えたらいい。


たとえば能楽ならば、これまで経済的・時間的余裕のある人たちが伝統的・教養的関心事で能楽堂に行っていた形から、能楽の本質をとらえた現代的価値を「リアル×バーチャル」によって表現することで、現代社会を生き抜くために能楽を学ぶ人を増やすことで収益をあげられるのではないか。能楽という芸能にもりこまれた、室町時代から現代まで承継されている能楽の「本質」を現代的に表現する。そうすれば観客は飛躍的に増えて収益モデルは描ける。そもそも能面こそ、オンライン会議で登場する「アバター」の原型ではないか。能から学ぶことは多いはず。



もう東京にしか情報がないからといって、無目的的に東京に行く必要はない。コロナ禍の今は、デジタルネットワーク技術がなかった30年前ではない。「リモートワーク、オンライン授業、オンラインショッピング、オンライン診療」などを支える技術はすでに存在する。この技術を使ってなにをするかではない。これをするため、こんな社会にするため、こんな生活をするため、このような仕事をするため、この技術をどう使うかである。
もう東京に集中する時代ではない。日本各地、各州が、各社、各学校、各芸能それぞれの場所から自らの強みを磨いて、それぞれが本当の力を再起動させ独創的に発揮させ、つながりあって、1×1を2ではなく3にも5にも10にもする。東京一極集中といっている場合ではない。1635年の徳川家光時代の参勤交代の制度から400年続いた中央集中システムをコロナ禍期の今、見直す時期がきている。コロナ禍期で、すでに様々な場で変化しつつある。大きく成長できる機会が訪れている。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)


〔日経新聞社COMEMO 8月21日掲載分〕