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2020年07月31日 by 池永 寛明

【起動篇】あなたの代わりはいない ― コロナ禍は大断層 (6)

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■なぜこの店は大丈夫なのか
繁華街での飲食店などの閉店は実態は報道以上に多い。コロナ禍で売上が戻った店と戻らない店がある。コロナ禍下での影響は一律ではない、平均で捉えてはいけない。売上高前年比3割4割になった店、前年売上の7割〜8割に戻った店、前年を上回った店がある。なにがちがうのか。コロナ禍においても前年並みの売上、利益をあげる店に共通点がある。


①比較的大きすぎなく、小さすぎない店
②コロナ禍前に、自らの戦略でしっかりとお客さまをつかんでいた店
③店の前に形容詞が付くような特徴がある店((例)「○○のイタリア料理店」と多くのお客さまが呼んでいただける店)

 

この①〜③は当たり前じゃないかという人がいるだろう。しかし世の中、人が思うほど当たり前のことをしない。


売上高前年並みの店はコロナ禍になったからといって、新たなことをしているわけではない。コロナ禍前とコロナ禍で戦略を変えたわけではない。コロナ禍前でのお客さまへのサービスが、コロナ禍での緊急事態宣言の解除後に結実し、お得意様に来店いただいた。コロナ禍前の活動があったうえで、お客さまに、あの「〇〇のイタリア料理屋」、あの「△△の日本料理屋」で食事をしたいと、店に戻ってきていただいた。それら店々は店名の前に「〇〇」「△△」という形容詞をお客さまがつけていただける、特徴的な店々である。緊急事態宣言での営業自粛時、「積極的冬眠」のなかで、料理の味を磨き、サービスのあり方を見直しトレーニングしてきた店々である。コロナ禍前と緊急事態宣言下での活動がお客さまを呼び戻した。


■条件利地から条件不利地にかわる。
コロナ感染リスクでの集中回避・移動制限のため、都心部のターミナル商業施設や繁華街への人出は前年に戻らない。とりわけ緊急事態宣言下に、都心部によそ行きの服装で集まっていた人たちが自分たちの地元に移った。家の近所、最寄り駅の商店街を日中歩く人が増えた。その町の住民だが、テレワークの人たち、子どもづれの若い家族にとってはじめての「近所」の店を使うようになった緊急事態宣言が解除されても近所の店を使う人は減らず賑わっている。


都心部とは違った普段着で行ける近所の“良い店”を発見し、“ここも良いじゃない”と通いだす。一方、近所の店は新たに来てくれたお客さまの気持ちに応えるべく、自店のサービスを磨く。都心からその顧客が郊外に移っていく動きを捉えて、郊外に新店がオープンしはじめている。ゆっくりゆっくり地域の経済が循環しはじめている。


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魅力的空間機能を盛り込んだターミナル商業施設や繁華街という場に店を集積させ人を集めてきた「良い条件」の場所がリスクとなったため、これまで店にとっては不利と思われた場所に人が集まりだした。期せずしてコロナ禍前からコンパクトシティなどの都市政策としてめざしていた「歩いて暮らせる」町に変わりつつある。


■コロナ禍前で本当は変われていた
数年前に、ある世界都市の都市計画マネジャーから、「オンラインショッピングの普及にて店の役割が“商品の確認の場”へと変わりつつあるとともに、店の立地戦略が変わりつつある。かつてお店の出店は1階、それもメインロード。それがスマホで地図検索できるようになって、出店「場所」としてメインロードの路面店の1階にこだわらなくなった。お客さまがスマホで地図検索で店を探すようになったので、路面の一階よりも賃料の安い上階に出店、メインロードにこだわらなくなりつつある」と聴いた。


スマホによる店の立地戦略の変化の意味が分からなかった。オンラインショッピング、地図検索などのお客さまの購買行動の変化のメカニズムを理解できなったため、ターミナルやショッピングモールなど巨大商業施設化での集客戦略を進めることになり、顧客の購買行動とどんどんズレていくことになる。このコロナ禍前の本質的なズレが、コロナ禍での都心商業施設での売上不振につながる。


■代替錯誤に陥らない
AIとロボットの普及で無くなる仕事があると、2〜3年前から指摘されだした。日本の生産性が低い。それはITの導入が遅れているからだ。だからコロナ禍で生産性を高めるためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)が必要だ、とみんな言いだす。


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私たちは仕事はずっと効率化してきた。1人でしていた仕事を分業して、他人の力を集結して1人ならば1だったアウトプットを2にも4にも10にもした。このような分業システムで生産性を高めたあと、みんなで行う仕事を効率化するために、仕事の事柄を標準化してマニュアル化してトレーニングをおこなえば、誰でも仕事をできるようになった。


そのうえで、「ツール」としてのITを導入して、仕事を効率化しようとする。当初は自らが行なってきた仕事をITをツールにさせていたが、徐々に仕事の全体を経験したことがない人が増えてきて、自らできない仕事をITがするようになった。


つまりITに人間ができない仕事してもらうようになった。見方をかえたら、ITがしない仕事を人がするようになった。主客が逆転した。AIもそう。AIはこれから実装されていくのはなく、すでに多くの仕事のなかに導入されている。これからさらにAI化が進んでいくと、AIが仕事を支配することにもなりうる。さらに人は仕事全体の姿が見えなくなる。よって本来、ITやAIにはできない「人間でしかできない」ことが仕事から抜けおちていく。ブラックボックス化していく。


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■あなたの代わりはいない
このようにIT・AI・ロボットが人間がしてきたコトを「代替」していく。代替という言葉はわかりにくい。この代替の「代」と「替」とは意味がちがう。


・代=ある役割を別のモノにさせる((例)選手交代・代用品)
・替=前のことをやめて、別の新しいモノにする(差し替える)

 

創業者社長の代わりはいない。世界レベルのモノをつくれる職人の代わりはいない。しかし標準化・効率化されて誰にでもできるようになった仕事ならば、いくらでも“選手交代”ができ、誰でもがその仕事をこなせるとなると、「あなた」の代わり」はいくらでもいることとなる。


他の人と入れ替えてもなんら差し支えないとなると、その仕事が人間でなくIT・AI・ロボットに入れ替わると、それまで人がやっていた仕事のなかで人でしかできない大切な仕事が失われる。


こうして分業化・IT化・AI化によって損なわれていき、仕事が生みだす質がおちてしまう。1から10まで取り組んできた仕事のなかから、大切な要素が抜け落ちる。効率化して生産性を高めることは大切だが、一通りの仕事のプロセス全体をおさえて、アウトプットするモノの魅力を生み出す“指揮者”の役割は人間にしかつとまらない。その指揮者を担う”あなた”の代わりはいないことになる。そのことは、IT・AI議論では決して語られない。ひたすら効率化=生産性議論に終始する。


そのような“指揮者”のいる店が、コロナ禍のなかでもコロナ禍前の売上を確保している。コロナ禍後に向けてすべきことは、自ら自店の仕事の全体像をつかんで棚おろしする。そしてお客さまのお喜びいただく姿を想像して、その姿を実現するモノ・コト・サービスを創りだせるための「積極的冬眠」をおこなうべきではないだろうか。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞COMEMO 7月29日 掲載分〕