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2020年05月29日 by 池永 寛明

【起動篇】掛け算が苦手な日本―コロナ禍後社会キーワード(5)「日本化」



「お金が減ってきたら、あなたはなにを節約しますか?その順番で減っていく。あなたのおこづかいがゼロになったら、どうしますか?その順番で消費マーケットは変わっていく」― コロナ禍で、マーケットはどうなる?と訊かれたら、こう答える。


権威が失墜する時代
コロナ禍で、“日本の経済・産業はどうなるのか”と訊かれ、大学の先生や経済アナリストと呼ばれる専門家たちは同じような語りをする。昭和金融恐慌・世界大恐慌やリーマンショックなどの過去の事例を持ち出す。“そんなの、何度も聴いているよ”というような話ばかりでは今の自分に役に立たない、これからが見えない。


大学の先生の話を有り難がる時代ではない。
学界の重鎮といわれる人が語ってもそう、コロナ禍の専門家会議もそう、“一般論はいい、じゃどうなの、どうしたらいいのか”が伝わらない。どれだけ権威があっても、みんなの不安が解消できないと、権威に対して社会が信用できなくなっていく。連日連夜、権威の失墜を象徴するような出来事がおこる。それに対して、学生や社会人や主婦が、説得力のあることや社会的に影響のあることを発信されるなか、なるほどと学ぶ情報に出会うことが多い。おそらく有識者や専門家よりもずっと深く勉強している。このようにしてさらに権威が失墜する。


なぜスマートシティはうまくいかないのか
コンパクトシティとかスマートシティとかスーパーシティなどの地域開発構想があり、いくつかのプロジェクトに関ったことがあるが、その計画の策定プロセスに、違和感を覚えていた。各プロジェクトとも、どこもよく似ている。どこでも同じような街の絵がでてくる。分散化・効率性の観点から、駅周辺にカッコいい建物をかためて、情報ネットワークだといって点と点を主線・複線・補助線で結んで円を描けば、なんとなく未来的でスマートにみえる。


その絵は生活感がない。よそ行きで、リアリティがない。建物や設備のハード中心で、どこも似たような計画となる。なぜか。それを策定する委員会は同じ分野の先生たちで構成され、事務局の後ろにいるコンサルタントも日本中の委員会を任され、日本のどこかの案件の絵を使いまわして同じような絵を描く。だからどこも同じ風景になる。戦中に空襲の類焼を防ぐため建物疎開させてつくられた駅前ターミナルや、山を切り開いて開発されたニュータウンなど、日本中どこも同じような風景がつくられたのと同じように。


どうしてそうなるのか。先生方がプロジェクトに絡んでいる間だけの「作品価値」がもてばいいのだ。だから最初の絵が大事。補助金を受けるための与件をクリアして、数年間だけうまくいけばいい、30年後50年後のことをイメージしない。ましてや100年200年後の街の姿に想いを致すという覚悟はなかった。ニュータウンもそう、50年後の姿を想像しなかった。まちびらきをしたときに、子どもや孫が「ニュータウン」から離れ、若い人がいなくなるということを考えもしなかった。「多様な世代の混じりあい」「世代をつなぐ」という最も大切な機能が弱かった。


なぜそうなったか。その土地ならではの、時間軸のなかに埋め込まれた歴史・物語・記憶といった「文化」の必然が盛り込まれていないこと。世界の都市計画の流行を外形的・表面的にちりばめ、生活感がない、どこにでもあるようなニューフロンティア、ドリームランドをつくろうとしたこと。そして地域のなかで経済が持続的に循環する仕組みを内蔵できなかったこと。だから自分の息子や娘が大人になって、結婚して、もこの街で住みつづけたいという文化をつくることができなかった。だから若い人たちがその街を捨てた。


スマートシティも技術が中心の議論となり、建物や施設や設備が中心となり、その街に本来いるはずの人の姿が見えない。そこに住む人たち、仕事をしている人たち、勉強をしている人たち、美味しい料理を笑顔で食べる人たち、買い物を楽しむ人たち、カフェで語らっている人たち、公園のベンチでひなたぼっこをする人たち、芝生でヨガをする人たち、路地で遊ぶ人たち、グランドでスポーツする人たち、音楽を楽しむ人たち、美術館でアートを観る人たち、舞台を演じたり観る人たちの姿が、その絵には書きこめていなかった。


ハード中心の政策・計画ばかりで、主人公である人々がいない絵。それら地域開発や街づくりは都市計画や建築の「専門家」で固められる。世界の地域開発の委員会でメンバーとして加えられるような歴史家や科学者やアーティストやマーケターや市民は検討会に呼ばれない。内々の専門家で固められて、専門家だけで予定調和の議論を、所定時間内で、台本どおりおこなう。内の人で固めて外の人を入れない。多様性が必要だというが、異質な人は入れない。違うことを言われると、面倒くさいから。ウチ×ソト、ハード×ソフト、A×Bの掛け算をしない。左側だけで右側を掛けない。だから新たな価値がうまれない。ここにも、日本の「失われた30年」の失敗の構図がみえる。



今回、コロナ禍が契機となって、強制的であろうと、これまでの方法論がいったん強制終了・リセットされることになる。コロナ禍のなかから、働き方がかわる、暮らし方がかわる、学び方がかわる、生き方がかわる可能性がでてきた。親子一緒、家族一緒の時間が大幅に増えて繋がりが強くなる動きもでてきた。都心の繁華街にはない近所の商店街の良さが再発見されようとしている。最初は違和感があろうとも、時間を重ねていけば、なじんでいく。しかし本当に変えようと思わなければ、変わらない。


なぜ日本は変えられなかったのか
コロナ禍後は、「デジタルシフト」した社会となると、みんな言う。そうである。むしろそうしなければいけないが、果たしてそうなるのだろうか。変われるのだろうか。日本最大の問題のひとつ。
日本の失われた30年の主因は、デジタル技術をはじめとする新たな革新的な技術が生み出すであろう社会価値・社会様式の姿を読み違えたことがそのひとつ。本当はデジタル技術が、社会の前提条件をリセットしてゲームのルールを大きく変える可能性を知っていたのに、そのことをスルーして見限り見切らなかった。自分たちの既得権益を守ろうとした人たちは新たなことを先延ばしにして、バブルの前を生き、バブルを生き、バブル後も生きのびた。この人たちが、テレワークに、働き方改革に、ダイバーシテイに反対してきた。この守旧派の勢力は多数派で、岩盤のようだった。



集団幻想のように、日本はまだ大丈夫、まだまだやれる、日本はすごい、戦後の奇跡の復興を果たした、高度経済成長を果たし、“JAPAN AS No.1”と称されるほど日本の産業はすごかったなどと過去の「成功体験」にとらわれた。インターネットやスマホといった技術の読み違い以上に、デジタル技術がつく出すライフスタイル、ビジネスモデルの変化、社会・経済・産業の前提条件がひっくり返るかもしれないという時流を読み違えた。これは守旧派だけではなく、若いベンチャーたちや起業コンテストに登場する人のアイデアの多くも、誰かの物真似か独りよがりで、面白くない。出てくるモノ・コト・サービスは技術オリエンテッドのコンテンツが中心で、社会課題を見据えたコンテクストが読めなく、なんのためかが見えなかった。そして日本はコロナ禍に直面した。


「FAXって、なに?」と中国の32歳の友人が訊ねてきた。東京都の新型コロナウイルス感染者報告をFAXで行っていること、特別定額給付金のオンライン申請でトラブっている日本。30年前の日本の姿が見え隠れしている日本には、インターネットの前の時代をまだ生きている世界がある。「機能不全」そのもの。本当はアメリアや欧州だけでなく中国や韓国や台湾やシンガポールなどで進化した情報社会の現状を見てきた人は多いのに、見ないふりをした。それがコロナ禍で表出した。世界のなかで相対的に生産性が低くなった日本の現場オペレーションの実態が炙り出された。これも日本の現実。


大きな戦争・政変・災害・災禍が起こり、それまでの社会システムが強制終了されたとき、日本はパラダイムシフトのもと、新たなゲームのルールにキャッチアップするスピードは速い。明治維新、そして戦後に遅れて登場したプレイヤー日本が驚くような速さで上位に食い込んでいった。その成功要因は、パラダイムシフト後の頑張りだけでなく、その前の活動があったから花ひらいた。コロナ禍の前には目立たなかったが、社会課題にコツコツと取り組んできた企業や人物や事柄が、コロナ禍後に受け入れられることになるのではないか。


コロナ禍がきっかけとなり、暮らし方、働き方、学び方の変革が強制的に発生し、ものすごい勢いかつ広がりで進行して、それに追随できない企業や人々が続出していくかもしれない。デジタルシフトがすすみ、“それ、いらんのとちがうのか”ということが明らかになって多くの仕事がなくなっていくかもしれない。しかしコロナ禍が収束して元に戻ってはいけないことがある。これは日本再起動に向けた最後のチャンスかもしれない。


コロナ禍後社会の日本の産業の方向性
コロナ禍後社会は、IoT、5G、AIをはじめデジタル技術が一気に普及する。コロナ禍の課題に対処していくプロセスのなかで、いいモノ・コト・サービスができあがっていく。リモート会議やオンライン講義もそうだが、定着化していくなかで、どんどん洗練していくのではないだろうか。日本はそれが得意。Society5.0、5Gの通信も含めて次から次へと進化していく。数年前倒して進むとか、未来社会に一気に踏み込むともいわれるが、そのデジタル技術競争に日本どう立ち向かっていけるだろうか。



コロナ禍後のモノづくりの形は、一見すると変わらないように見えるかもしれない。コロナ禍後の需要のボリュームやかたちは変化するが、車は車で今まで通り必要であるし、パソコンはパソコンで今までどおり必要である。しかし中味が変わり、それぞれがつながり使い方が大きく変わる。ここがコロナ禍後の産業の本質である。新しい社会を支えるのが通信技術であり、社会基盤である通信技術でなにをするかが問われる。この30年間、日本は情報技術は持っていたのに、この新技術をつかった社会価値・社会様式に転換することに反対する勢力がいたので、次のステージに進むことに遅れてしまった。もうこれ以上遅れられない。


今回、強制的にリセットされた。日本はスマホの失敗を繰り返してはいけない。最先端の情報技術を駆使してリモート社会を支える基盤をつくりなおし、新たな社会様式に転換しなければならない。
この30年、日本は純生産的な産業構造から、サービス産業にシフトし第3次産業が5割を越えた。そのサービス産業がコロナ禍で大きな影響を受けている。これからコロナ禍後に向けて社会的価値が変わり、生活・行動様式が変わり、人々のタイムラインと文化が変わり、場と時間が転換していく。それに伴って、都市と地域、産業、経済が大きく変わる。たとえば就活がWEB面接になってスーツが売れなくなるように、テレワークになって化粧品や靴が売れなくなるように、働き方の変化によって、商業が変わる



コロナ禍後社会に、大きくサービス産業のカタチが変わる。
そのなかで大切なキーワードがある。「日本化」である。日本のモノづくりは、機能性・デザイン・価格だけではない。コロナ禍後社会を捉えるうえで、「信頼」というキーワードに内包された「人」「心」「愛」「美」「文化」にどう応えられるかが論点となる。
これらを融合させ、日本のモノづくりの方程式である「機能性×精神性×洗練×多様性」と掛け算をして、顧客価値を生み出す。コロナ禍後の日本は2次産業と3次産業を掛け算した「2.5次産業」が生き残っていく。コロナ禍のなか大きく社会的価値観が変わるなか、日本のモノづくりとサービスを掛け算することで日本再起動につなげなければならない。〔次回は、コロナ禍後社会キーワードシリーズの最終回。〕


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 5月27日掲載分〕