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情報誌CEL

池永 寛明

2017年07月03日

CELからのメッセージ その場所に、なぜそれがあったのか?

作成年月日

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媒体(Vol.)

備考

2017年07月03日

池永 寛明

都市・コミュニティ

コミュニティ・デザイン
地域活性化
まちづくり

情報誌CEL (Vol.116)

ページ内にあります文章は抜粋版です。
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ある国の領事からこんな話を聴いた。「日本人は『源氏物語』を紫式部が書いたことは知っているが、『紫式部がなぜそれを書いたのか、その時代の背景はどうだったのか?』とお訊きしても答えがない。」
神戸に外国人居留地があったことを知っていても、なぜ神戸につくられたかには関心をしめさない。大坂は「天下の台所」だったが、文化・観光都市でもあった。記念碑や再現施設を訪ね街歩きする人が多いが、なぜ歌舞伎や浄瑠璃が上方で生まれたのか、なぜ当時の人が支持したかというコンテクストを理解していない。
かつてここに城があった、堀があったとか「モノ」ばかりが着目される。その場にそれがあったこと、なくなったことには「必然」がある。しかし前後の「必然」が風化し、場の記憶から欠落してしまっている。
現代人は「過去よりも現代が進歩している」という文明観を抱きがちである。「新しいもの=進歩したもの」と捉え、過去は古いもの、レベルが低いものと過小評価しがちである。たしかに技術や道具は進歩したが、やろうとしていること自体は過去と現代でもなんら変わらない。
たとえば築城や川の流れを変えるなどの土木事業を、現代の設備や道具を用いずに実現している。パソコンがなかった江戸時代の両替商は複雑な金利計算をこなしている。物理学や天文学、高等数学を海外からも学び身につけ、「技」では現代より進んでいたのではないだろうか。
とりわけ江戸時代の築城や都市計画、都市インフラづくりなどを見ると、全体像をつかむ力や、運営システムや体制、仕組みは現代よりはるかに優れた力があったとしか考えられない。
現代の日本の課題は、過去の本質が現在に繋がっていないこと、コンテンツのみを追いかけてコンテクストが理解されていないこと、内向きで外の変化に目を向けなくなったことではないだろうか。
だから表層的となり、流動化する。あらゆる事柄が、これまでの価値観や社会制度やルールと「適合不全」となり、今まで考えられなかったことが起こる。それが、これまで依って立ってきたことに対する「喪失感」を引き起こしている。
116号より3号連続で、過去と現在の時間軸を繋ぎ直し、内と外とを重ね合わせて、その場が持っていた必然的な本質を発掘して、「ルネッセ(再起動)」していく方法論を考えていきたい。