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2024年02月09日 by 前田 章雄

【歴史に学ぶエネルギー】14.葉巻を愛したチャーチルの決断



「歴史に学ぶエネルギー」をシリーズで考えてみたいと思います。第一次世界大戦がはじまろうとしている不穏な世情のなか、石油の獲得が国家戦略と位置づけられます。

 

1)石炭から石油への転換

「石油が軍事と結びつくことは、石炭主体の軍事性能に一大革命を起こすことになる」

現代では当たり前の事実ですが、当時のイギリス国内では少数派の意見でしかありませんでした。イギリス国内のウェールズから大量に、かつ安定的に供給される石炭を捨て、イギリス海軍がわざわざ海外の石油に頼ることは馬鹿げている、と説く政治家も多くいたのです。

このころの石油産地といえば、敵国ロシアのバクー油田、アメリカのテキサス、オランダ領のインドネシア、そしてペルシャ(現在のイラン)です。石油のソース(採掘国)は戦争の勝敗に直結する大問題でもありました。

ここで、時の英海軍大臣ウィンストン・チャーチルは、老獪な議員たちが鎮座する議会の反対をはねのけ、石油の上に海軍を築く決断をします。チャーチルにとって、リスクをとらずしてイギリスが世界の中心に君臨することは、ありえませんでした。

しかし、先見の明があるチャーチルにはどうしても譲れない一点がありました。この一点がシェルのマーカス・サミュエルの運命を左右することになろうとは、当の本人もまだ気づいておりません。

 

当時のヨーロッパは石油市場がまだ成熟しておらず、小さな業者がロシア産の石油を分けあって供給していました。しかし、彼らの平和共存も長くは続きません。アメリカのスタンダード石油が殴り込みをかけてきたのです。

スタンダードはアメリカ国内で稼いだ財力を武器に、徹底した安売り合戦を仕掛けてきました。数年にわたるスタンダードとの価格競争で生き残ったヨーロッパの会社といえば、シェルとロイヤルダッチぐらいのものとなっていました。

 

2)マーカス・サミュエルの憂慮

アメリカのスタンダード石油がヨーロッパへ進出してきた時、シェルに合併の話をもちだしたのはロイヤルダッチのアンリ・デタージングです。

スタンダードとの価格戦争の状況下で現状維持のままでいることは、「団結は力なり」を持論とするデタージングにとって、死と同じ意味をもっていました。しかし、会社規模がロイヤルダッチより遥かに大きいシェルにとって、もっと有利な合併条件がでるまでマーカス・サミュエルが首を縦に振ることはありませんでした。

 

じつはこの時点で、マーカスには合併「しない」というより「できない」大きな理由がありました。

イギリス海軍が動力源を石炭から石油への切り替えを検討している、という情報が伝わっていたからです。この市場を一手に引き受けることができれば、シェルのメリットは途方もなく大きい。オランダ系であるロイヤルダッチと合併などしてしまったら、イギリス政府に選択される可能性はゼロになってしまいます。弱小企業との合併で、このチャンスを逃すわけにはいきません。

起死回生を賭けて、マーカスはイギリス海軍へ猛烈にアタックします。しかし、マーカスの決死のネゴシエーション(交渉)に対し、イギリス海軍がだした答えは「ノー」でした。

シェルは確かにイギリス国籍ではありますが、その商売のほとんどを三国間貿易で占めていました。チャーチルにしてみれば、シェルが純粋な英国企業とは思えなかったのでしょう。サミュエル家もイギリス国籍ではありますが、イラク系のユダヤ出身であったことも少なからず影響していたのかもしれません。

 

当時、中東系ユダヤ人のヨーロッパでの評判は決して良いとは言えませんでした。

宗教的理由で起きたディアスポラ(民族離散)によってヨーロッパ全土へ広がったユダヤ人は、さまざまな分野で在野の民族と競合せざるを得ない状況に追い込まれます。あらたな産業であった金融業に身を投じるユダヤ人が多くいましたが、そのために強欲といったイメージが定着し、差別の対象となってきた歴史があるのです。キリスト教とユダヤ教の間の宗教対立もあり、ユダヤ人に対する迫害が絶えることはありませんでした。

シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』が当時のユダヤ人に対するイメージを端的にあらわしています。商人だったアントニオが金融業を営むユダヤ人シャイロックから借りたお金を返せなくなり、証文通り「胸の肉一ポンド」を取られそうに、つまり殺されそうになるお話です。

シャイロックは裁判所で「血を一滴も流してはならぬ」と命令されるとともに、人命を奪おうとした罪で全財産を没収され、死刑判決まで受けてしまいます。そして、死刑を免除される条件としてキリスト教への改宗を強制されるのです。

冷静に考えれば、自らそのような契約を交わしてまでも多額の借金をし、しかも全額返せなくなったアントニオの責任も大きいと思うのですが、高利貸しを象徴するユダヤ人をやっつける物語はヨーロッパ中から喝采されました。

これが、古くからのヨーロッパ人がもつユダヤ人に対する印象でした。

 

軍事設備の燃料選択とは、国の将来をも左右する国の根幹の問題でもあります。

米ルーズベルト大統領から大英帝国主義と評されたこともあるチャーチルにとって、イラク系ユダヤ人に国運をまかせる気にならなかったのでしょう。チャーチルは、蟻の一穴さえ許さない厳格な条件をあらたな燃料に求めました。

そうこうしているうちに、シェルもロイヤルダッチもスタンダードとの戦いで大きな傷を負い、生き残る道は合併しかない状態にまでおちいってしまいます。ボロボロになった彼らは、ようやく合併を決断するにいたるのです。

 

 

このコラムでは、エネルギーに関するさまざまなトリビア情報を、シリーズでお伝えしたいと考えています。次回をお楽しみに。


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