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2019年12月11日 by 池永 寛明

【耕育篇】日本一美味しい料理をどうしたら食べられるのか



“日本でいちばん美味しいレストランはどこなのか”はネットで検索できる。しかしそのレストランは1年先まで予約がいっぱいで、日本一美味しい料理を食べることは至難の業。“世界でいちばん上手な心臓外科の名医はだれか”はネットで検索できる。しかしその名医に診てもらい手術してもらうにはどうしたらいいのかわからない。


その人に会いたいが、北海道の人だったら、大阪から電車ならば1700?も移動しないといけないとなると、そうやすやすと行けない。しかし電子メールならば、すぐにアクセスができ、用件は伝えられるが、行間が埋まらない。コンテンツは伝えられるが、コンテクストはなかなか伝えにくい。だから時間とコストをかけて、会いに行かないとできないことがある。技術の進歩で格段に便利になっても、「現物・本物・本人」にアクセスしないと、事が進まないことがある。しかし“面倒くさい”と、それをしない人が圧倒的。


美術館に行かなくても美術館の絵画をネットで見ることができるようになったが、逆に美術館に足を運ぶ人が増えている。音楽もしかり、CDからユーチューブ、アップルミュージックなどにシフトすればするほど、「ライブ・コンサート」に行く人が増えている。


代替となるモノやサービス、仮想的なモノやサービスにアクセスできる「情報量」は飛躍的に増えたが、現実に接したり現物を手にしたいという気持ちは絶対的ニーズである。バーチャルにどれだけ情報を集めても、「満足」できない。現場に行って、観たい聴きたい感じたいという想いは人間の本質である。


効率化のためといって、営業マンを減らすと、現場やお客さまの空気が肌感覚でわからなくなり、企業としての力がおち、しだいに現物・本物にアクセスしにくくなり、ついにはアクセスできなくなる。しかしながら「引き合い」をすると、一斉に企業からメールがくるが、大半の提案がずれている。現場に入って、本質をつかむ「観察力」「現場把握力」「俯瞰力」が弱まっているからだ。提案力、政策立案能力の低下・劣化はここからもおこる。


これが現代社会の大きな課題のひとつ。バーチャルなモノ、仮想的なモノ、代替するモノに接することは格段に容易となったが、現物・本物・本人に会ったり手に入れることは困難になった。それをどのように結びつけたらいいのか ―― 社会は「現物・本物・本人」へのアクセシビリティと、「代替やバーチャル」へのアクセシビリティとの狭間に揺れつづけている。


また現物への「アクセシビリティ」のためには、ロジステックが必要である。たとえばネットでイタリアの洒落た服を見つけて、「いいな」と思ってネットで注文するが、現物が届くにはロジステックスが機能しなければならない。アマゾンにしても楽天にしても通販系は、ロジステックスがすべて。代替モノとかバーチャルなモノに簡単にアクセスできるようになったが、現物にはアクセスしにくい時代となった。


そして向こう側にある現物にアクセスするためには、こちら側も現物でなければならない。自分のところにモノが届くということは、自分が現にいる場所とか住所とか存在があって、はじめて現物が届く。しかしバーチャルとバーチャルには、そんな“情報”は必要としない。


SNSとしての「バーチャル」がそのいい例。だからこそ活発に動く。しかし人の心を掴んで離さないのは現場・現物、本人の写真であったりする。ネットで、“どこそこに行った”とか“こういう店で食べた”とかという「バーチャル」を見ると、そこに行きたくなるが、現実にその店に行かないと、「想い」は果たせない。“あっ、このフルコース、食べてみたい”と思っても、出前やウーバーイーツが宅配できるモノとちがって、フルコースを食べるためには、その店に行かないといけない


そう考えると、SNSの本質は“広告”であることがよくわかる。SNSは「利用者が参加した」広告であり、その“広告主”が誰かは問わず、誰かの“伊勢に行ってきた”という写真込みのフェイスブックをみると、伊勢に行きたくなる。そういう意味で、フェイスブックは「折り込み広告」ともいえる(だからフェイスブックの普及により“折り込み広告”の価値が高かった新聞の宅配が減少につながる)。たまたま開いたフェイスブックで、“あっ、これ、おいしそう、今度食べてみようかな”と思わせ、その店に買いに行かせる広告戦略そのもの。バーチャルなモノやコトで惹きつけて、現物・本物・本人にアクセスする「橋渡し」がこれからの社会の論点となっていく。

「アクセシビリティ」はITにより強化、確立した。しかし問題は、どのようにしたら現物・本人にアクセスできるかである。「バーチャルにはアクセスしやすくなったが、リアルにはアクセスしにくくなった」 ― これから社会ではさらにアクセシビリティがクローズアップされる。しかし運べるモノならばまだいいが、サービスははこべない。だから必ずそこに行かなければならない、もしくは出張してもらわないといけない。


家の近所に「美容院」が一気に増えている。コンビニの数を追い抜く勢いである。すこし前なら東京ならば原宿や青山とか、大阪ならば梅田や心斎橋や堀江に行っていたけど、その店へのアクセスが大変になり、自分の家のそばにおしゃれな店があればそこに行く。若者も中心に男性も理容院ではなく美容院に行くようになったことも影響しているが、地域に美容院が増えている理由は、お客さまのアクセシビリティの向上のために、“お客さまに近いところに店舗を出す”という戦略転換がベースにおこっている。そうしないと、競合に負けてしまうと。


「お客さまの集まる場所」に店を出すのが従来の出店戦略であったが、「お客さまのいる場所」の近くに美容院を出して、お客さまのアクセシビリティをあげようとする。最小の費用で最大の効果をあげる経済原則では、“集中のほうが効率性はよく、分散は効率性が下がる”というのがこれまでの戦略であったが、アクセシビリティ向上のために、分散の限界値のギリギリまで分散していこうという流れにある。家の近所に美容院が増えているのはこれ。


実物・本物・本人へのアクセシビリティが今後のビジネスの肝になる。
お客さまがバーチャルに容易に情報収集し情報獲得できるようになったため、企業はいかにマーケットに接近するかではなく、消費者が実物・本物・本人にアクセスできるようにするかが論点となりはじめている。企業戦略は“お客さまをいかにその現物に出会わせるか”から、“現物をいかにお客さまに近づけていくか”に重心が移っている。これからさらに実物・本物・本人にアクセスするのは超困難な時代となっていく。日本人は世界一「面倒くさい」がキライ。バーチャルとリアル、アクセシビリティをめぐるビジネス・サービスはこれからも大きく変わりつづける。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 11月21日掲載分〕