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2019年02月01日 by 池永 寛明

【耕育篇】 「あんた、あんじょうしぃや」


明日も来てな”と、仕事がおわって工場から出ていく従業員の背中に手をあわせた若い夫婦、くしゃくしゃの紙幣をアイロンをかけて皺をのばして給料袋につめて、従業員さんに「ありがとう」といいながら手渡しした松下幸之助さんとむめのさん夫妻 ─ 世界のパナソニックの創業時のエピソード。


東京の仲間と話をしていて、「どうしてNHK大阪の朝ドラの主役は女性実業家が多いのだろう」という話題になった。たしかにこの4年でも、「あさが来た」(加島屋広岡浅子さん)、「べっぴんさん」(ファミリア坂野惇子さん)、「わろてんか」(吉本興業創業者吉本せいさん)、「まんぷく」(日清食品創業者安藤百福さんの妻仁子さん)だ。大阪にいると、それが不思議だとおもわなかった。豊臣秀吉を動かしたのは「寧々(ねね)」と「茶々(淀殿)」、もう少し昔になると、アマテラスも卑弥呼も、天武天皇の皇后の持統天皇、紫式部に清少納言もいる、緒方洪庵や適塾の塾生を支えた八重さんもいるし、松下幸之助さんにむめのさんと、関西には「女性」が主役となる風土がある。


江戸時代の大坂・船場の商家は「女系相続」で、奉公人のなかから婿養子をとることが多かった。奉公人の躾から勝手(台所、暮らし)の差配だけでなく、店の経営に参加したり、表にはたたないが実質的に主人や奉公人を尻にしく女主人が多かった。いとさんも、こいさんも、ごりょう(御寮)さん、おいえ(家)さんも家のなかで大切にされた。外では男、家のなかでは女が主役だった。子どもの学びの場である寺子屋も男女共学で、男女比率が全国41に対して、大坂は32で、女性が多かった。


「おかあちゃんに、あかん言われたら、あかんのや、かんにんして」というのが、大阪・船場流。他の場所にはない深いフレーズ。大阪は昔からずっと主役は「女性」だった。


「あんた、そんな恥ずかしいことできるかいな」「あんた、そんなことも知らへんの、しっかりしぃや」「しょうがない人やなぁ、わたしが守った」と家のなかでは温かく叱咤激励しながら、外ではお父さん、パートナーをたてるという「賢さ」がある。男と女のそれぞれの「分」を弁(わきま)え、男は女に活かされる。かつてのローマやギリシャだって、ニューヨークだって、レディーファースト、跪いて女性にプロポーズしたりするなど、女性を尊重する文化だ。このように「ママを大事にする文化」のある都市には、活力がある。日本はもともとそういう文化であった。


女性にアドバイスをもらい、導かれて大きく成長していった男の人たちがいる都市と、「男尊女卑」で「オレの言うことをきけ」と威張る男の人たちがいる都市とでは、大きく「カルチャー」は変わる。


“女性の社会進出や女性活用”などというが、そもそも、そうとらえる「前提条件」が間違っているのではないだろうか。男がぐいぐい引っ張っていくという男性中心の世界観は武家や明治維新以降の物語であって、少なくとも「大阪物語」では男性だけでなく女性も主役の「共演」が常識であった。文楽や歌舞伎を見聴きしたら、江戸時代の男女の関係・姿・形がわかる、織田作之助の「夫婦善哉」で男女の役割分担の構造がわかる。今、見たり聴いたり読んだりしても男女の共演スタイルに違和感がない。


旦那がたよりないなぁと思いつつも、旦那をサポートして面目をたてて、家の本当の主(あるじ)として旦那を大きくつつみ育て、家の弥栄(いやさか)を図ってきたのだ。男性が中心の社会構造というのは、本来の日本社会・家族構造ではなかった。男の「分」と女の「分」をそれぞれ弁(わきま)えれば、すごい力を発揮できる。私も、いつも妻に「あんた、あんじょうしぃや」と叱咤激励されている。


エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  17日掲載分