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2018年09月04日 by 池永 寛明

【起動篇】 江戸時代の大坂は万華鏡

「岩おこし」という大阪名菓がある。豊臣秀吉が大坂の物流インフラとして掘った運河工事で大きな岩が出た。「大坂の掘りおこし、岩おこし」という駄洒落から「岩おこし」という名がついた


瀬戸内海の東端、琵琶湖を起点とした淀川下流に都市がうまれた。その都市は交通・物流の要衝となり、大陸からの賓客を迎えるための施設次々と建てられたそれらは1400年後の今もある。大坂は都であった


江戸時代の大坂は万華鏡のような都市。天下の台所、商業都市、水の都、食の都、観光都市、私塾が集まる学問都市、寺社が並ぶ宗教都市でもあった


寺社には参拝しただけではない。高津宮の名物は豆腐と湯豆腐。生國魂神社の門前には小屋と茶店があり、田楽と蓮飯が人気。四天王寺庚申堂の境内には厄除開運の庚申昆布コンニャク田楽が頭痛のまじないとなった


大坂には旅人が行き交う。伊勢に通じる奈良街道の起点である玉造には「つるや」「ますや」の二軒茶屋があり、「玉造黒門越瓜 (たまつくりくろもんしろうり) かす漬け「天王寺蕪」の干蕪(ほしかぶら)を大坂名産として旅人は携帯する


西に海と淡路島眼下に瓦屋根がつらなる大坂の町を眺めながらの料亭浮瀬(うかむせ)」「西照庵」での食事は最高のひとときだったろう。江戸時代の大坂は万華鏡のような都市だったのである


エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明


産経新聞夕刊  521掲載分