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2022年03月07日 by 池永 寛明

【場会篇】余暇化していた日常が消えた

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コロナ禍はいつまで続くのだろうか、みんな不安に思っている。コロナ禍に入って3年目。「コロナ禍後はコロナ禍前に戻らない」とコロナ禍に入った2020年3月にCOMEMOに書いたが、「そんなことない、元に戻るよ」という人が多かったが、今ではコロナ収束後にコロナ前に戻ると考える人の方が珍しい。

  


1.「昭和の仕事法」の終焉

 

太平洋戦争は1941年12月から始まり、1945年8月に終わった。戦争3年目は日に日に戦況が悪化し生活が厳しくなり、「いつまでつづくのか」という出口の見えないトンネルのなかにいるかのような不安に苛まれ、厭世観が広がった。朝から晩まで毎日のようにコロナ感染のニュースが流れつづけ2年が経った現在、80年前のような時代の空気になりつつある。2年が経って、2年前がどうだったのかが、だんだんぼやけつつある。

 

「元に戻る」の「元」を忘れつつある

 

“接待”はコロナ禍が収束しても、コロナ禍前のようにはならないだろう。毎晩のように銀座や北新地に行っていたという生活には戻らないだろうと思いつつも

 

よくあんな生活をしていたなぁ

 

とコロナ禍3年目の現在、そのころを述懐している経営者は多い。それは、

 

昭和の仕事法の終焉

 

をも意味している。テレワーク、オンラインミーティング、オンラインイベント、フリーアドレス、サテライトオフィス、ワーケーション、バーチャルオフィス、メタバースと仕事の方法論が一変しようとするなか、昭和の仕事法がどんどん削げ落ちていく。


 

2.日常が余暇化していた

 

コロナ禍になって、はっきりとわかったことがある。

 

いかに日常が余暇化していたか

 

ということ。職場には福利厚生が多かった。たとえば「親睦会」「ハイキング」「運動会」「チーム旅行」といったチームワークの醸成を目的とした職場イベントが時代とともにひとつひとつ減り、40年前のバブル前くらいから個人の余暇・レジャーに切り替わっていった。

サラリーマンもそう、OLもそう。若手も係長も課長も部長も企業経営者もそうだった。平日の日常時間に余暇・レジャーが広がった。ランチをしたり、飲み会をしたり、ショッピングをしたり、インドアゲームをしたり、パーティに行ったり、スポーツクラブに行くようになった。楽しい時間だった。この40年に、なにが私たちにおこったのか。

 

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土曜日・日曜日の休日にするものだった出来事が平日の出来事になった。テレビのバラエティ番組やグルメ雑誌・SNSに、「人気の店」「話題の店」がこれでもかこれでもかと紹介され、煽られるように

 

余暇時間がどんどん膨張した

 

シニアの時間にも、余暇時間が増えた。生涯学習で熱心に勉強し、スポーツクラブに朝から夕方まで毎日通って汗を流す。デイケアに通って友だちとの会話を楽しむ。団体旅行も個人旅行もシニア参加でいっぱいで、彼らがボリュームゾーンとなった。シニアたちは、これら余暇時間がなければ、暇で暇で仕方なかった。

 

かつては高齢者は「隠居」という分(役割)をいただき、「おじいさん」「おばあさん」として後輩たち・現役世代への分を弁えた支援や孫の面倒を見ていた。決して暇ではなかった。結構忙しかった。家でも会社でも地域においても、彼らの「仕事」があった。

その仕事がとりあげられ、これをしたらダメ、それをしたらダメとなり、なにもさせてもらえなくなって、「余暇」が仕事になった。


大学がレジャーランドとなったと呆れていた大人も、朝起きて電車に乗って会社に行って家に帰ってくるまでの「オンタイム」のなかに、余暇時間が増えた。会社に行くオンタイムに「お楽しみ」ができた。昼は誰となにを食べに行こうか?晩は誰と飲みにいこうかな?あのコンサートに誰と行こうかな? そんなことも考えながら、仕事をしていた。余暇が仕事のオンタイムに広がっていった。飲む必要もないのに飲みに行っていた。つるむ必要もないのにつるんでいた。バブル時代の時ばかりが話題になるが、なんのことはない、バブルの前にもバブル以降もオンタイムのなかで余暇時間が広がっていた。

  

余暇はお金をおとす。それが社会・経済をまわしていた。その最たる余暇が飲食。平日の昼と夜に、会社の誰かと、会社関係の誰かと飲食店に行った。毎晩毎晩、人間関係構築のために、接待のためにと、夜の街に行った。毎週土曜・日曜はゴルフだった。月火水木金土日と、会社のために、会社関係の人とずっと一緒だった。昭和の以後とは平成30年もつづいていた。しんどかった。ギリギリだった。


 

3.コロナ禍で消えた都市の余暇市場

 

そんな生活がコロナ禍で一変した。自宅勤務が普通となり、分散ワークの世界のなかでの満足を求めるようになった。オンライン会議用の備品を揃え、テレワーク用にとちょっと良い椅子を買った。ホームワークのために、家のリフォーム、家を引越した。そして家で仕事が終わったら、すぐに家族と時間をともにでき、自分の余暇をすごせるようになった。そうなると

 

「ホームワークって、どうなんだろうか?」

 

という人はめっきり減った。まだ毎日都市のオフィスに行って仕事をするという出勤型のビジネススタイルでなければいけないと考える人もいるだろうが、この2年間で多くの人は家が中心という在宅型のビジネスモデルに変わり、それに慣れた。ワークとライフが混ざりあい「自分時間」が倍増するという、これまで経験したことのない生活スタイルに変わろうとしている。そしてそのホームワークの世界のなかでのちょっとしたアドバンテージを求めだしている。それはずっと日本社会で繰り返されてきた「みんな一緒のなかのちょっとした満足」の求めつづける文化そのものである。

 

コロナ感染状態がつづくなかを毎日満員電車に乗って、都心に出ていき、仕事をして、帰りにちょっと一杯、素敵なレストランで会食という生活は考えられなくなった。よほどのことがない限り、接待や夜の飲食はしなくなった。必要なことは残り、必要でないことは無くなる。コロナ禍で2年間しなかったことは、「絶対にしなければいけないことではなかった」ということがわかり、必要がないことはしなくなる。だから元に戻らない。

 

在宅勤務・分散ワーク・オンラインビジネスが会社のなかで、社会のなかで定着していくと

 

都市から「余暇」の時間が

剥がれていく

 

個人や家族の家や近所でのランチやディナーの時間は増え、都心の会社に出て行き会社の近くの飲食街に行くという時間は減った。

 

この2年で、明らかに変わった。そのなかで大切なことがある。在宅勤務で増えた自分時間をどう使うかで、そのあとが変わる。そしてビジネスは急増する「自分時間」にどう貢献できるのか、なにができるかで、企業力は大きく変わる。いや、もうすでに大きく変わりつつある。平日のオンタイムのなかの余暇時間をどう捉えるのか、それによって都心の街がどうなっていくのかを直視しないといけないが、多くの人はこの構造変化に関心を寄せていない。


 

4.そして都市経済構造が変わる

 

都市は都市に住み暮らす人だけでなく、都市を訪れる人で成り立っている。都市を拠点とするオフィスワーカーや学生たちのお金と、都市を訪れる郊外・地方の工場や企業で働く人たちのお金で、都市の余暇産業はまわっていた。とりわけ東京はこの消費経済でまわっていた。かつて江戸時代の参勤交代で各藩の大名・武士たちが江戸でおとすお金で江戸経済がまわっていたのと同じように。それがコロナ禍で

 

都市を訪れる人がおとす

お金がまわらなくなろうとしている

 

その打撃は都市にとって大きい。都市経済がまわらなくなると、不動産価格に影響が及び、金融に影響を与えるのは必然。戦後とりわけバブル前後から、日本経済はそういう消費経済構造になっていた。

 

普通に考えたら、そのメカニズムは分かる。仕事場が分散して、オンラインに支えられ、家で不十分なく仕事ができるとなると、余暇は家や近所を中心におこなわれることとなり、都市の余暇市場は萎んでいく。

 

だから都市が縮小していくのは必然。都市の栄枯盛衰でいうと、都市に「必然性」がなくなると、受容的な余暇産業は都市から消えていく。

 

大学がレジャーランド化していたというが、オフィスもレジャー化していた。コロナ禍を契機に、在宅が普通になり、メタバース、バーチャルオフィスが増えると、会社・オフィスが入っていた物理的なビルという形態は必要でなくなる。都市から、大きなビルがなくなり、人が集まるオフィスが減っていくと、都市の余暇市場に行く人は減る。そうなると

 

これから都市はどうなっていくのか

 

この問いが、これからコロナ禍最大の論点となっていく。5年近く書いてきた池永COMEMOの集大成として、今月の5回、この問いを考えていきたい。

 


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)

〔note日経COMEMO 3月2日掲載分〕

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