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2021年12月28日 by 池永 寛明

【交流篇】悩む企画部長 ― コロナ禍のこれからが見えない

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年末年始も休んでいられない。来年度の計画を考えるために、今年度を振り返り・予算の見通し、来年度の計画を考える ― 人事・営業・企画時代のどの時代においても、ずっとそんな生活をしていた。年末の掃除に年賀状に買い物に年越しそばに初もうでにおせち・お雑煮など年末年始の行事と行事の合間に「計画」を考えていた。

 

「コロナ禍の状況を分析し、これからを展望し、

来年および中長期において、当社がとるべき戦略を考えよ」 

 

という経営者からのお題が与えられ、年始後の来年度および中長期の経営計画・戦略や事業計画の策定に向けて、年末年始の休みといえども計画のことを考えなければという人が多いだろう。将来予測が困難というVUCA(ブーカ)に突入して久しいが、コロナ禍でより先行き不透明となった。日本人は戦略・計画は好きだが、「絵に描いた餅」という言葉があるように、人と時間をかけてつくられた戦略・計画が実現しない。それはなぜか。どうしたらいいのか。

 

 

1. 総括しない日本人

 

新規コロナウィルス感染者数は減少して感染対策が緩和されたなか、世界ではオミクロン株が急増しているという情報が入ってきて、コロナ禍はいつまで続くのだろうかと見通しがたたなくなった。「いつまでつづくかがわからない」ことが悩みである。現在、はっきりしているのは、このコロナ禍を後世の人々は「コロナ禍時代」と呼ぶだろうということ。

 

コロナ禍となった2021年春、明治維新・敗戦につづく近代3度目の大断層(リセット)であると考えた。コロナ禍となって半年経過と1年経過とはちがう。1年と2年はもっとちがう。2年と3年とではさらにちがう。「時」が進めば進むほど、コロナ禍による構造変化は深く広く進んでいくが、その変化の姿は見ようとしない人には観えない。

 

コロナ禍は、常でない姿「非日常」と考える人が多い。たとえばテレワーク。現在、仕方なくテレワークとなっているが、コロナ禍が収束したら元の日常、出社スタイルに戻ると本音のところ思っている経営者がいる。だから「コロナ禍がいつまでつづくか」が最大の関心事で、コロナ禍がおちついたら「コロナ禍前のことはなかった」ことにしようとする。

 

日本人は過去を「総括」しない。近年、77年前の敗戦前後の総括が行われつつあるのは当事者がいなくなったからであり、平成30年間という近い過去の事柄を日本は総括しない。なぜならば関係者が多すぎて、責任を問うことになるから遠慮する。

 

だから常に足し算。過去からつづく事柄に新たな事柄を上乗せする。良かったことも悪かったことも総括しないで、上乗せする。過去を何重にも埋積させていく。

 

国も会社も組織も、総括しない。いや、そんなことはない、きちんと振り返っているという。本当にそうだろうか。毎年度に、策定する年度計画のなかで、前年度は振り返るが、形だけ。重視するのは来年度であり未来。計画を作成する時はまだ終わっていないのに、前年度の計画・予算・目標はすべて達成したことにする。前年度の予算目標は達成した(=問題がなかった)ことにして、それ(=なにも無かったこと)を「反射台」にして、当年度や中長期の計画をつくる。このように過去は実質的に総括されない。

 

コロナ禍もそう。コロナ禍前、コロナ禍の現在を構造的につかむとしたら、3層に分けて考えないといけない。

 

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しかし3層と捉えず、1層で捉える。このように構造的に捉えないから、全体が観えない。過去を現在に総括しないから、次がうまくいかない。


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2.リセットしない日本人

 

順調に行っていたら、詳細に総括はしなくてもいいのかもしれない。しかし現在は、失われた30年、経済的地盤沈下、国際的競争力の低下という日本の課題が山積みで、過去からの制度、ルールと実態との「適合不全」にあると、拙著「日本再起動」で書いた。

 

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それらを総括しない。本当はそうしないといけないということは分かっているが、それを変えなくとも今までどおりで何とかなると思おうとする。だから積極的に現在に埋め込まれた過去を総括しない。

事柄には、変えてはいけないことと変えなければいけないことがある。総括をしないので、変えてはいけないことを変えたり、変えないといけないのに変えなかったことで、適合不全をおこした。IT化がそれを助長し、本格的DX化時代となったコロナ禍で適合不全がさらに広がろうとしている。

 

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事柄は易きに流れる。孟子は「水の低きに就くが如し」といった。エントロビー増大の法則「熱は高きから低きに流れる」は現象面から導かれた。水にしろ、熱にしろ、会社・組織にしろ、放っておくと乱雑・無秩序・複雑なものへと向かい、そもそもの本質は忘れられるとともに、自発的には元には戻らない。

 

だから「コロナ禍リセット」といわれても、なにをリセットすべきか、なにを再起動すべきかが分からない。過去は総括されることなく、新しい事柄が上乗せされるので、全体の容量を超えて溢れてあふれて、易きに流れていく。外見は同じだが、そのものの本質・その意味が忘れられ、内実は一変した。

 

そこにコロナ禍となった。過去から継承されている事柄の総括、再定義がされることなく、適合不全した事柄そのままをオンラインなどの新たな技術に代替しただけなので、さらに社会と乖離することになるだろう。だから、コロナ禍の現在に過去を総括して、本質を掘り起こし、コロナ禍による構造変化を読み解き、そもそもの本質を内蔵した新たな方法論として再起動しないといけないが、多くの企業はそうしない。

 

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3.目的と手段を取り違える。

 

ともすれば計画は現在を軽視して未来を見る。計画をつくることが目的となり、トップに意思決定をしてもらうことが最終ゴールとなる。計画をたてるのは私たち企画で計画・目標達成するのは私たちではないと考える。

 

本来、経営計画や経営戦略・事業戦略は事業拡大・事業継続のための手段であるはずだが、計画をつくることが目標になった。本来、お客さまのことを考えてつくるものだが、いつからか株主・金融機関・取引先へのプレゼンテーションツールとなった。 


MECE・ロジックツリー・PEST・3C・4C・4P・5TP・STP・SWOT・ポートフォリオ・バリューチェーンモデル・5froces分析・ビジネスモデルキャンバス・SMART・KGI・KPI・PDCA・REM分析・AIDMA・AISAS・SIPS・RFM・DECAXなどコンサルタント会社が使うようなフレームワークばかり多用されるようになり、目的と手段が入れ替わる。

 

だから見栄がよく、賢そうで、格好よく、しかも難解そうで、複雑そうに見える計画がつくられるようになった。図表・グラフなどグラフィックをふんだんに盛り込んだパワーポイントで、計画の中味・質よりも計画書の枚数、分厚さが大切となり、いかにトップや関係者に“うける”かが大事となった。


 

しかしその彼らのつくる計画では目標は達成しない、成功しない。いくら綺麗にまとめられた計画が関係者受けをしても、その多くは実現しない。なぜか。成功を知らない人たち、目標達成にこだわらない人たちがつくるようになったからである。そもそも売ったことのない、売る能力のない、お客さまと接することのない人たちが作る計画は実現性がなく、どこの企業でも通用する一般論となり、その企業の独自性、必然性がなく、ゴールの姿・出口が見えてこない。だから成功しない。

 

一方、成功する企業の計画は、シンプルで分かりやすい。言われてみたら、そのとおりだ、当たり前だと感じるような計画である。目的・目標を達成することが第一で、その計画は自らも売って目標を達成して企業を発展させようと思う人たちがつくる。そういう思いでつくられた計画に、企業のみんなが共感し、それぞれが自らの役割を認識して目標に向かって動き出す。だから成功する。だから失敗しない。

 

 

4.想像しなくなった日本人

 

一所懸命につくった計画が成功しない、失敗するのか。なぜ海外由来のフレームワークツールでつくった計画が現実的でないのか。重要なことがある。

 

想像力が弱くなった

 

「そうぞう」とよぶ漢字には、想像と創造がある。ここ20年30年の企業での流行言葉「イノベーション」と関連して、企業は「創造」に覆われる。なんでもかんでも創造。実は、この「想像と創造」の漢字の意味は根本的に違っている。

 

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日本企業・組織における「想像力」が弱くなった。お客さまの像(イメージ)を思い浮かべる力が弱くなった。それ以前に、企業はお客さまを見ようとしなくなり、お客さまの姿が見えなくなり、企業・組織の計画・戦略が疎となってしまった。

 

そしてお客さまの想像力の欠如は、日本の強みであった外から来たコード(本質)をモード化する「日本の方法論」を弱めた。外からのコードをコードのまま移入しようとするようになった。先に触れた経営用語のフレームワークのような横文字が氾濫することになり、コード(暗号)のままなので本質が読み解けず、深まりも広がりもしなくなった。

 

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お客さまの姿、相手の姿を想像できなくなり、コードをモード化する「解釈」「翻訳」力が弱くなった。こうして計画に現実性が失われることになった。

 

想像力の低下は「類推力」の低下が原因であり、「類推力」の低下は知的基盤である「感性力×観性力×歴史力」の低下が原因である。計画が実現・成功しなくなったのは、これも大きな原因である。知的基盤をいかに鍛えていくかが重要である。

 

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もうひとつある。統合する力が落ちた。大学の「タコツボ」化(専門分野は詳しいがほかの分野の視野が狭い)とともに、社会全体に「専門分化」が広がった。物事を考えたり決めたりするとき、その分野の専門家ばかりを集めて予定調和に収めようとするようになった。異分野・異能の人を入れると混乱するので、内に入れなくなった。

自分の専門分野は強いが、他のことは知らない、関知しなくなり、全体が見えなくなり、深みも広がりもなくなった。「虫の目」だけで今ここだけを見るようになり、全体を俯瞰する「鳥の目」、全体の過去から現在・未来の潮流を読む「魚の目」が弱くなった。これも企業・事業における統合力を弱めた要因である。

 

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では、どうすればいいのか。まずはコロナ禍前を総括する。なにがあったのか、なぜそうなったのか、どうしたらいいのかという「課題と本質」を掘りおこし、現在の構造を読み解き、未来を展望する。そしてコロナ禍の現在を3つの層(①コロナ禍前の基本潮流、②コロナ禍前にあったものの導入しなかったがコロナ禍後に始めた事柄、③コロナ禍で考えて新しく始めた事柄)に分けて構造化し、あるべき姿を想像し、その姿をいかに創造していくかという計画・戦略が必要である。

 

心がけたい言葉がある。「①なんでや? ②ほんまか? ③こうとちがうか ④要はこういうことやな」である ― これがコロナ禍の現在の構造を読み解き、コロナ禍後を生き抜くための思考法である。年末年始に考えるあなたの計画・戦略づくりの参考になればと、本年最後に計画の考え方を書いた。

 

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(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)

〔note日経COMEMO 12月27日掲載分〕

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