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2021年08月26日 by 池永 寛明

【起動篇】大学生のレベルが格段にあがっている理由 ― 学びの変革(上)


コロナ禍で、驚くことがある。たとえば大学生。ある大学で、5年間、「ビジネス文化論」の講義をおこなっている。大学の教室での講義のあと、毎回、レポートを書いてもらっていたが、コロナ禍のため、昨年からオンライン講義となったので、受講後にレポートを作成し送信してもらうようにしたが、大学生たちのレポートのレベルが格段とあがっている。ちょっとあがっているというレベルではない。文章力だけでなくコンテクストも踏まえて簡潔に論理展開したレポートを書く学生が増えている。コロナ禍の学生たちに、なにが起こっているのか。これからどうなっていくのだろうか ―― とても期待できる。


 

1.「学校に行く理由はあるのですか?」

 

今まで以上に優秀な学生たちが育とうとしているのではないか。オンライン講義の教育効果は果たしてどうなのかという論調もあるが、むしろ逆ではないかと感じる。私が見ている大学生たちのレポートのレベルは、コロナ禍前から格段とあがっている。私の講義を受講している複数の大学生に、こう問われた。


コロナ禍になって入学して以来、殆どの講義がオンライン講義となった。オンライン講義はベストコンディションで受けられるので、講義に集中して、深く学ぶことができる。先生との1対1の感覚にもなる。資料は鮮明で音声も聴きとりやすい。気になる講義は何度も見直せ、そのたびに理解が深まり、いろいろな発見がある。

通学する時間が無くなり、空いた時間に課題研究に取り組んだり、自分の時間として使うことができる。だとしたら、座学はわざわざ学校に行って、講義を受ける必要はあるのでしょうか。   

〔大阪のある大学2回生〕

 
オンライン講義となって学校に行くという「ストレス」から解放されたという学生もいる。オンライン時代の学生は、「いつでも、どこでも」学べるだけでなく、自らの「学び」を自らで選択できるという環境が広がり、とてつもなく伸びていけるようになった。現に驚くほど成長する学生を見る。


なにが起こっているのか。もともと学べる「コンテンツ」があったが、コロナ禍のオンライン時代となり、一気に「コンテンツ」が増えた。オンラインで大量の良質の情報を短時間に入手できるようになった。まず学びの基盤が変わった。今まではいかに情報を集めるのかが論点であったが、本来の学びの論点がクローズアップした。





が問われるようになった。情報収集での差はつかなくなった。その気になれば、情報は集められるようになった。次のフェーズに入った。集めた情報をいかに取捨選択して編集するかが大切になった。それができるようになった学生が増えてきた。 


 

そして新たな学びの課題がもうひとつでてきた。

「なにを学んだらいいのか、次に、なにを学んだらいいのか。

どの先生に、どの人にどう学んだらいいのか」

を指南してくれる「先生」が必要となってきた。数多くの世の中の「先生」のどの「先生」に学べばいいのか。学生一人一人にあった「先生」をアドバイスする「先生」が必要となってきた。中学入試・高校・大学受験の塾で「教えない」塾があり人気があるようだが、江戸時代の「講」はまさにそういう役割だった。コロナ禍で、学びの本質が再起動しはじめている。



2.「大学を選ぶ」時代から「先生を選ぶ」時代


飛躍的に学生の教育レベルがあがろうとしているのは、「オンラインだから」というような単純なものではない。生徒・学生の変化だけではない。先生の教え方が変わった。教室でのできあがった「テキスト」をベースとした講義スタイルから、オンラインによるパワーポイントなどによる講義スタイルへと、教え方が大きく変わった。

 

オンラインによる講義は、紙と口頭の対面講義とちがって、「記録」に残る。大学生はその内容がよければ、「デジタル情報」だからなんども観ることができる。「先生」からすれば、講義資料として1回使用したら、何度も使えない。常に資料はアップデートしないといけない。このようにして教えるコンテンツはレベルアップする。そもそもオンラインなので、画像・音声ともに明瞭であり、学生にとっての教育効果は飛躍的に高まっている。

 

学生からすれば、先生の教え方のちがいがよく分かる。それぞれの「先生」の講義が自分にとって



がはっきりするようになる。残酷なほど、先生の評価がおこなわれるようになる。いい先生かそうでない先生かがはっきり分かる。自分に役立つのか役立たないのかがはっきりする。いい先生の講義ならば、なんどもなんども視聴し、学び、スピーディに学びを自分のものにできるようになった。それが格段とレベルアップしたレポートがうまれた理由である。

 

その「先生」に興味が湧いたら、その「先生」の本やSNSを探して読み込む。興味のあるテーマのYoutubeを視聴する。その「先生」のnote日経COMEMOも読む、大学以外のオンライン講演にも参加する。このようにして、その「先生」を徹底的に探して、学ぶ。これらの学びが大学生のレポートに、講義以外の学びが刻みこまれ、深みがでてきている理由である。



学生はキャンパス・校舎内に収客する机の数にとどまらず、オンラインを通じて無限大の学生が学ぶことになるかもしれない。教える「先生」は二極化する。学びたいと思われる先生と学びたいとは思われない先生に分かれる。その評価はSNS・オンライン時代だから、はっきりとする。Youtubeのようにはならないという人がいるが、そうだろうか。「先生」の知力と熱意と努力の違いを学生は瞬時に見抜く。



3.コロナ禍後、がらっと変わる


コロナ禍で始まったものは、どうなるのか。

コロナ禍が収束すると、元に戻る事柄は一部あるとしても、多くの事柄は元には戻らない。コロナ禍のなかで始まったオンラインで成立しているものは、オンラインでいいじゃないかとなる。

 

商談も「接待」をしなくなり、1年半が経った。毎週のように訪問していた顧客巡回も、1ヶ月に1度、3ヶ月に1度、半年に1年となった。それで問題がなければ、しなくてもいいじゃないかとなる。このようにして営業ワークやスタイルが変わっていく。

これと同じくオンライン講義が普通になっていくと、学校も、その存在意義も変わっていく。リモート期間が1年半経ち、これからもリモートがつづくとなると、学び方・教え方が変わり、大学のカタチも、コロナ禍前から大きく変わる。コロナ禍による変化が

 

 

コロナ禍後は、コロナ禍前には戻らない。

コロナ禍があと2〜3年もつづいたら、社会はがらっと変わる。コロナ禍は「大断層」であり、元々の価値観が通用しなくなる社会になるというのがコロナ禍の本質であって、元々の価値観に依拠した事柄は成立しなくなる。

 

このことは、私たちは歴史で経験している。

明治維新の前と後、第2次世界大戦の前と後の「大断層」で、それを経験している。この30年前のバブル崩壊の前と後で、価値観が大きく変わったことを経験している。企業のなかでは、バブルを経験した人とそうでない人では、会社員としての考え方・行動様式が異なっているように思う。バブル景気のときに、何歳だったのか、会社のなかでどういう立場でなにをしていたのかで、大きく価値観が変わったということを私たちは経験している。

 

その価値観とは、「いちばん大切にしたい」ことである。コロナ禍前とコロナ禍後で「いちばん大切にしたいこと」が変わり、それを実現しようとする方法論が変わる。方法論はIT・AI・DXなどといった技術だけでなく、それを使う知恵・ビジネスモデルを組み合わせたもので変わる。

 

私たちは現在、コロナ禍前からコロナ禍後社会の構造が変化していこうとする真っ只中にいる。「場と時間」の構造変化のなかにいる。すでに大きく変わった人・企業とそうでない人・企業、変わろうとしている人・企業とそうでない人・企業に分かれている。次に向けて、動き出している。

 

しかし動き出さないといけないといっても、闇雲に動いていいわけでない。コロナ禍後社会の構造変化を踏まえ、自ら考えて行動しないといけない。このコロナ禍構造変化のメカニズムを「日本再起動」にまとめた。ご関心があればお読みください。

 

 日本再起動 (パラダイムシフトの群像 Case 2) | 池永 寛明, 中野 順哉 |本 | 通販 | Amazon

 

 

(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明)

 

〔note日経COMEMO 8月25日掲載分〕

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