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2020年11月13日 by 池永 寛明

【交流篇】あなたはどうなりたいのか(下)



コロナ禍で悩んでいる人がいる。たとえば飲食店。店の二番手や三番手に悩む人が多い。店の大将は新しい料理を考えたり、新たに事業を展開することができる人で、二番手三番手は大将がこれをつくれといった料理を一所懸命つくる人。指示されたことをコツコツと完璧につくることができる。店にはどちらの人もいる。
コロナ禍前、暖簾をかけると、店に入ってきてくれるお客さまに精一杯の料理をつくり満足いただくことが喜びだった。それがコロナ禍で、いくら待ってもお客さまが暖簾をくぐって来てくれなくなった。その料理人たちひ悩む。暖簾をかけたら、お客さまにきていただけるという「前提条件」が崩れた。では、どうしたらいいのか。なにをしたらいいのかがわからない。


そもそも自分は、わが店はどうなりたかったのかが分からない。この「問い」は飲食店だけでなく、どんな世界にもあてはまる。


1.悩む人 ― あなたはどうなりたいのか?

…と問われても、「どうなりたいのか」がない。
親方が考えた料理をつくってきた。上司のいうことをしてきた。どこかで流行っていることをしてきた。あなたはこの会社をどうしたいの?おそらくホンダは、創業者の本田宗一郎氏の「とにかく早い車をつくれ」だったろう。ニトリホールディングスの似鳥昭雄会長は「いいものを半値で」である(第22回 日経フォーラム「世界経営者会議」)。こんなにわかりやすいトップのビジョンはない。


よくこんなたとえで、「国民性」を比較することがある。
アメリカ人は、「これをするとヒーローですよ」と言われると、一所懸命する。ドイツ人は、「これがルールだ」といわれると、一所懸命する。日本人は、「みんな、こんなふうにしていますよ」と言われると、一所懸命する。
― この比較があながち間違っているとはいいがたい。日本人はみんなと一緒という「インデックス」で行動しがちである。それは失礼だという人がいたら、「じゃ、あなたは、どうなりたいのか?」と訊かれても、明快に答えられる日本人は多くない。

 

たとえば「鳥人間コンテスト」。空に飛ぶ人たちの姿はシンプルで、ワクワクする。「鳥みたいに遠くに飛ぶ」という、とても明快なビジョンである。若者から年輩者も、男も女も、日本人も外国人も、叡智を傾け、熱くなって、泣いて、空に向かって飛ぶ。空飛ぶ鳥人間になるために学んできたことが「鳥人間」たちのその後の道で活かされているように思う。しかし社会人の多くは、「どうなりたいのか」がない。


2.未来をみる ― 「観」をもつ人・もたない人。
こんな未来をつくりたい
第22回日経フォーラム「世界経営者会議」の2日間の登壇者たちには、コロナ禍後の未来についての明快な未来像があった。その未来像はたんなる思いつきやファンタジーではない、実践にもとづいた明確な市場観・未来観である。とりわけマネーフォワード・社長兼CEOの辻庸介氏の「コロナ禍前には戻らないと決めた」は明快。


コロナ禍の本質は「オンライン」革命である。オンラインによる「場と時間」革命が、「社会的価値観」を変える。社会的価値観とは、社会の感じ方であり、社会の見方であり、社会についての考え方である。親子観・家族観・生活観・市場観、そして未来観である。



これまで「技術」が社会を変えてきたというのは事実だが、技術と社会は別々に存在するというのではなく、技術は社会的インフラであり、その社会的インフラや歴史・文化を基盤に「社会的価値観」を磨くことで、生活・行動様式を変え、時間・場・機会を転換させて、都市・地域、産業・経済を変えてきた。

IT・AI・デジタルトランスフォーメーションなどの技術があって、それをツールとして使い社会をよりよいものにしようという「社会的価値観」が変わらなかったので、本質的に社会を変えることができなかった。コロナ禍は社会変革のトリガーとなる「社会的価値観」を大きく変えようとしている。そのことに気づいた人・会社と気づかない人・会社の差がこれから明らかになっいく。


ではそういった市場観・未来観はどうしたら身につくのか。世界経営者会議の登壇者たちは、異口同音に、「より深く考えること」といい、似鳥昭雄氏の「いつも未来のことを考えつづけている」は圧巻。


なぜ「」が大切なのか。
今まで、「なにをわかってもらいたいのか」から、目を背けてきた。コロナ禍まではこれまでの延長線上の社会で、「なにを言わなくてもわかってもらえる。理解される」と思ってきた。
今まで頑張ってきた、今まで努力してきた、今まで売れてきた、今まで良いといわれてきた…だから何も言わなくても判ってもらえると思った。誰かが見たり聴いたりして、あなたのことを、あなたの会社のことを「理解」してくれていた時代から、「わたしはなに」「わが社はなにを伝えなければ理解されない時代となった。現にコロナ禍のなか、目的・必要性がなければ、オンラインミーティングに呼ばれない ― すでにそれが始まっている。


3.会社は何のために存在するのか ― 「パーパス」をもつ人・もたない人。
パーパス
世界経営者会議の2日で、一気に知られることとなった言葉。パーパスとは企業の存在意義。KPMG ジャパンの森俊哉チェアマンのプレゼンは「パーパス」一色で、圧倒された。登壇者の多くが「パーパス」を語った。パーパスは、私が言っている「私は、私の会社は、なにをしようとしているのか」「世の中にその会社・店がなくなれば困る会社・店でありつづける」と同じ文脈である。



コロナ禍に入り1年が近づく。社会はコロナ禍前とコロナ禍後が鮮明になりつつある。コロナ禍の現場を絵にした。あなたは、あなたの会社は、この絵のどこにいるのだろうか?



すでに1年。コロナ禍はいまだかつてなかった大変なことであるが、そのコロナ禍をどうとらえているのかで違いが大きくでてきつつある。



こういう時期だから緊急事態だから、「イチから考えよ」「ゼロベースで考えよ」と明じるトップがいたりするが、そもそもイチとゼロは全然意味が違う。こんなことだけを言っても、なにも進まない。
コロナ禍による経営危機に対して、現状をどう捉えるのか、未来はどうなるのか、そのなかで、私はわが社はなにができるのか、そもそも私はわが社は社会のなかで、なんのために存在しているのか、世の中からどう見られたいのか、どうしたら満足できるのかーの問いに答えられるか否か。


コロナ禍に入りもうすぐ1年が経つ。右往左往したり思考停止したり試行錯誤したり、混乱したり停滞したり、これまでをご破算にしたりとする人・会社と、コロナ禍後の姿を明確に捉えて準備し行動する人・会社のちがいがどこにあるのかを「世界経営者会議」で再認識した。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永 寛明) 


〔日経新聞社COMEMO 11月12日掲載分〕