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2020年08月28日 by 池永 寛明

【交流篇】私たちが失いつつある3つの言葉


いつから私たちは忙しくなったのだろう。「時代」の速度は速くなった。かつて東海道を江戸(東京)―京都を14日間かけて歩いていた江戸時代から150年後私たちは、新幹線で2時間20分で着く。飛行機ならばもっと早く着く。技術進歩によって圧倒的な利便性を得たかわりに、「沈思黙考」を失った。物事をひとつひとつ時間をかけて考えて、じっくりと取り組むという人が少なくなった。


みんな、同じことを語る。
忙しい。スマホは便利。スマホなしでは仕事、生活は考えられなくなり、家庭、職場、友人とのつながりで、片時もスマホを手放せない。交通機関の普及で時代速度は加速し、携帯電話になって一段と早くなり、誰かからの電話に追いかけられることになり、スマホで24時間、誰か知っている人とつながりつづけることとなった。そしておそらくSociety5.0時代は、誰かに見られつづけ、知っている人のみならず、知らない人ともつながりつづけることになるだろう。時代速度はとてつもなく速くなる。


とても毎日が「忙しい」。
テレビや会社で誰かが言っていることを訊いたら、そのまま受け入れる。私たちの周りから減った言葉が3つある。

「それ、ほんまか?」
「なんでや?」
「要は、こうやな?」

「専門家」という誰かが言ったことの真偽を確かめなくなった(「ほんまか?」)。自ら「なぜそうなのか」「どうしてか」という拝啓・文脈を考えなくなり(「なんでや?」)、鵜呑みにする。だから社会観・未来観・生活観が身につかない(「要はこうやな?」)。誰かの話をそのまま自分の言葉で語るようになった。だからみんな同じように考え、思い、同じように語る。だから「専門家」の誰かが間違っていたら、みんな間違ってしまう。


分かったような分からないような言葉で、煙に巻く。
組織のなかで「企画」「計画」をたてるとき、魔法の言葉がある。「〜の強化」「〜の推進」「〜の改革」…なんにでも使える便利な言葉。困ったら、この曖昧な言葉で、締めくくろうとする。これらの言葉には具体性がない。
ソリューションやコミュニケーションやイノベーションも多い。この横文字も分かったようで、分からない。会社のなかをこの横文字が飛びかうが、言っている人も言われる人も実は意味が分かっていないことが多い。答えが導き出せないので、この横文字で体裁を整えて誤魔化すが、この言葉で「そうやそうや」で、みんな、納得する。
このような具体性に欠ける言葉をちりばめられた文書を見たり会議に立ち会うと、本当は「やる気」はないのだろう、「実現」できないだろうと感じるが、大抵はうまくいかない。
もうひとつある。同じ言葉でも使う人によって、その後の展開・結果がちがうことがある。組織のなかでは「なにを語るよりも、誰がそれを語るか」が重要なことがある。


これらの言葉がよく使われるのは、日本の社会風土に背景がある。
日本は、タテ社会でイエ社会で単一社会。個人よりも組織を重視。実力よりも、序列を重視。根回しして、満場一致で、誰の責任か判らないようにして、意思決定する。書いていることよりも意思決定していくプロセスが大事であった。それがテレワークが普及しにくかった背景でもあった。

 

■ 企画が偉そうにする
戦略企画とか、経営企画といった「企画」が日本の組織内で一目置かれる。ライン、現場よりも一段上だと錯覚して(現実、そう扱われ)、偉そうにする。「企画」という組織・スタッフが日本には多い。江戸幕府時代は、幕僚だった。幕の内で作戦を考える人。その人たちは戦場に立たない。武将の後ろの幕の向こうにいて、戦場から情報を集めて、分析して、計画をたてた。この幕僚の系譜は明治時代以降ならば陸海軍。参謀本部・軍司令部に陸海軍のスーパーエリートが集まった。彼らがたてた戦略・企画・作戦は絶大だった。


企画・計画をする人はスタッフ。そもそもスタッフとは「杖」のこと。組織のなかの前線である営業やサービス部門というラインに、「企画」「計画」を提供するが、この企画・計画が「杖」。使い物になる企画・計画を出せるか、それとも使い物にならない企画・計画となるかであるが、営業やサービスという「ライン」が社会で事業活動を展開するときに良い企画・計画という高性能の「杖」を考えだせたら、うまくいき、それを考えたスタッフはありがたがれるが、すぐ折れてしまうような「杖」を渡すと、うまくいかない。
そんな杖ばかり渡されると、現場であるラインは企画・スタッフを信用しなくなる。そして会社に溝ができて、バラバラになる。ともすれば、組織が大きく複雑になると、混乱する。このようなスタッフとラインの問題はコロナ禍前に多くあったが、テレワーク時代にこの「スタッフ」をどう位置づけるかが大切になってくる。


■「考えるのは私。実行するのはあなた」
いつからか「コンサル」が重宝されるようになった。組織のなかの「誰」かが計画をまとめても、ラインである現場が納得しなくなると、お金を出して外の人に計画をたてさせて、組織内を説得しようとする。ここで「コンサル」といわれる人たちが登場する。
外の人である「コンサル」の人がその組織の計画を策定する。マネジメントの本にのっている流行りの横文字の「ツール」をちりばめて、どこかで見たことがあるような、どこの組織にでも使えるような見映えのいい図表入りで「計画」をたてて、経営陣に納品し、驚くようなコンサル料をもらう。
その組織のことを知りつくしている経営陣と勝負しないといけなく、かつ与えられる検討時間は短い。だからその業界の現場のリアルとは別の戦法を採る。ではどうするか。
コンサルはコンサル社内で以前、誰かがつくった「提案書」が閲覧でき、今回のクライアントの数字にそのフォーマットに入れ替えるだけで短期間に分厚い報告書を作成することできる。しかし頭で考えているのでリアリティはない。納品先は現場ではなくトップであり、3つの現場からかけはなれている報告書となる。コンサルと呼ばれる人と議論したことがある。
「この計画をコンサルのあなたが私ならば、実行するか」
「考えるのは私。実行するのはあなた」
「この作戦はほかでもうまくいった。うまくいかないとしたらあなたのやり方が悪かったということ」


責任がない。うまくいかなかったら、それはあなたの責任。うまくいったら私の手柄。75年前と同じである。日本は変わっていない。


■ 3A(トリプルA)― 足・汗・頭
泥臭い標語である。
私の営業時代の上司がつくった標語である。営業は足を使ってお客さまのところに通って、汗をかいてお客さまと議論して、お客さまのためになることを考えよという意味だった。
「順番が大切だ」と上司はいつも言っていた。ともすればお客さまのところに行かずに、スマホで情報を集めてオフィスのパソコンに向かって頭で考えようとするが、まずお客さまのおられる現場に行き、お客さまとの議論をすることから、スタートしないといけない。そして現場・現物・現実をつかんで、お客さまとともに、お客さまにとってのあるべき姿を想像して、あるべき姿を創造するための活動だった。それが「ソリューション」である。パソコンだけでできるのではない。
決して古くさいのではない。これがビジネスの本質である。テレワーク時代だからといって、バーチャルですべてをおこなうのではない。テレワーク時代ならではの3Aをリアルとバーチャルの組みあわせることはできる。リアルかバーチャルではない。リアルもバーチャルもである。リアルとバーチャルを「お客さま」を中心に考えて組みたてて、お客さま価値をつくりあげる。テレワーク時代の「3A」をいかにつくれるかどうかを今から準備していかないといけない。


(エネルギー文化研究所 顧問 池永 寛明)


〔日経新聞社COMEMO 8月28日掲載分〕