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2020年04月24日 by 池永 寛明

【起動篇】絶対、ムリと言ってきたことをしている



コロナ後の社会は、すべてが新しいわけではない。コロナ後の社会は、今までになかった新しいコト・モノ・サービスばかりになるのではない。その多くは、いままで検討されてきたことや、すでにどこかで導入されていることだったりする。しかし“それは必要ない。今までどおりでなんとかなる”と、その導入や改革を先送りしたり、それに“気づかないふり、見えないふり、聴こえないふり、知らないふり”をして、変えてこなかった。「それ」をおこなったところが成功したが、少数である。いかに「先を読むことがむずかしい」ということだが、なぜそれをしなかったのだろうか。


それをしなかったことには、「理由」があったという。それが未完成だったり、不十分だったりして、導入しなかった。メリットがなかったり、使いにくかったり、パフォーマンスが不十分だったり「①品質」の問題があったり、コストパフォーマンスが悪かったりと「②価格」の問題があったり、なぜそれをするのかという必要性、そうする必然性、それによってどういうメリットがあるのかということが理解できなかったといった「③戦略」の問題があったなど、それを「しなかった」理由があったという。


「絶対、ムリ」
といって、それをしなかった、変えなかった。“それをやっても無駄” “それは意味がない”“時期尚早、将来の課題だ”などといって、真剣に検討もせず、先入観で先送りをして、それをしなかった。“先を読むことは難しい”と自らを正当化したりするが、“今、それをしなければならない”と決断するための「現在(いま)がつかめず、明日の姿が想像できなった」ことが主因ではないだろうか。リーダーシップ・決断力・実行力のなさのまえに、「市場観・社会観・産業経済観」が弱かったのではないだろうか。


今回、「強制」的に、そうなった。
新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言対応として、“在宅して。外に出ないで。自宅で家族とずっといて”という目に見えないウイルスリスクに伴う「移動・行動制約」が強制的にはじまり、リモートワーク、オンラインショッピング、オンライン医療、デリバリーサービス、動画・音楽の配信サービス、オンライン授業、オンライン動画学習サービス、オンラインフィットネスなど、これまで遅々として進まなかったモノ・コト・サービスが一気に動きだした。「職・衣・食・住・遊」というビジネス需要やライフ需要の仕切りが短期的に変わっただけと捉える人もいるが、新たなコト・モノ・サービスへの変化は、「社会的価値観」の変化がうみだしたもので、その多くは不可逆的な動きではないだろうか。コロナのあとはコロナのまえに戻らない。


その「社会的価値観」とはなにか。
“親と子とはなにか、家族とはなにか、働くとはなにか、会社とはなにか、学ぶとはなにか、学校とはなにか、地域とはなにか”が根本的に問い直され、“安全で健康的で便利で快適で成長していく住みたい”住まい・まち・社会を求めていこうとする社会的価値観に時代潮流が変わる。


「外に出ない、家族と自宅に一緒にいる」
ことは、「移動方法」を変え、「場の構造」を大きく変える。なによりも「家族で住みよいまち」を求めていこうとするなか、集中から分散、分散どうしの統合による最適化が一気に進む。都心への集中と公共交通を主とした移動方法が見直され、生活圏内移動は徒歩・自転車中心へと転換する。「都市(URBAN)と郊外(SUBURB)」の役割・関係は多様化し、多拠点生活者が増える。自宅と会社・学校、第3の場(「ライフサポート施設(医療、看護など)」と「物販・飲食・文化・遊興施設」)という「場の構造」を下図のように大きく変えていくことになる。 



これまでデジタル技術によって「生活様式、産業・経済様式、社会様式」が変化する可能性があったにもかかわらず、変えられなかった。それがコロナ禍に伴う「社会的価値」の変化は、移動方法を変え、「場の構造」を変え、ライフスタイ・、ビジネススタイルを変え、人々のタイムラインを変える。


強制的に導入されたテレワーク。
当初はしっくりいかなくても、慣れる。WEB会議もインターネット授業も定例になれば、慣れる。コロナ後になっても元には戻らない。そうなると、“そもそも会社って、なんだろう?”となる。“みんなが毎日集まって、同じ空間に一緒にいるというのは、なんだろう”ということになり、“会社の建物、スペースは、こんなに大きくなくてもいいのでは”ということになる。


仕事も、会社も変わる。
みんなが集まるワークスタイルから一人一人が独立するワークスタイルとなると、「仕事」そのものが変わる。個人ワークが中心となると、仕事のプロセスが「ブラックボックス」となり、仕事のアウトプット・成果しか見えなくなる。これまでの人事評価の基準と人材育成の方法が崩れ、社会が求める人材モデルが大きく変わる。それに伴い、学校の教育も変わる。


人事の崩壊だけではない。
これまでの「接待・交際・事前根回し・事後調整」といった人間関係構築型の日本的な仕事の進め方が通用しなくなる。そして日本的組織構造が変わり、会社・オフィスという形態が変わり、オフィス街・繁華街が変わる。それくらい大きな変化がコロナ後の社会に進む。


自宅と家族が変わる。
デジタル技術を活用したテレワークは自宅と近所にいる時間を圧倒的に増やし、親と子、家族と過ごす時間を大切にしようとする風土を生み、「家族での安らぎ、くつろぎ、幸せを求める」という価値観を育んでいく。テレワークシフトは、職住一体・職位近接・多拠点生活を促進し、人は会社中心から自宅・近所・地域に戻っていく。その姿はかつての日本社会のそれではなく、デジタル技術に伴う情報ネットワーク空間のもとでの新たな社会の姿となる。暮らしと仕事と学びをバランスさせた自宅・家族・近所・地域の構造と、自宅と会社・学校と第3の場という「場の構造」を変え、「都市と郊外」の役割・関係を変える。


大阪の自宅から1時間半、車で走り、週末には10年前に滋賀県高島今津に建てた山小屋で琵琶湖を見てすごすという大阪と高島の2拠点生活をしながら、“コロナ後の社会はどうなるのか”を想像している。大阪で1週間前に満開だった桜が琵琶湖では咲いている。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞COMEMO 4月15日掲載分〕