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2020年02月28日 by 池永 寛明

【時間編】失敗したくない日本人(下)― その前提条件でいいの?


日本の幼稚園や小学校の運動会の徒競走は全員一位。それを見る父兄は笑う。運動会では全員一位にさせといて、子どもには「お受験」させる。だったら学校も全員入れるようにしたらいいが、そうはならない。


入口ではみんなで手をつないで走るが、別のところではお互いに弱肉強食、隙あらば競う。みんな平等といいながら、裏では同じになってたまるか、私はみんなとちがうように、オンリーワンをめざす。

10年後、20年後、どうなるのか。
「約束型」の制度は破綻する。“良い”大学に入ったら、“良い”会社に入れる。“良い”会社に入ったら、定年まで大丈夫、“幸せ”になれる。不動産を買ったら必ずあがる。何歳で結婚して、子どもを産んで、家を建てて…将来に約束が果たされることを見込んだ「約束型」の制度・社会概念は破綻する。


約束型社会は崩れていくが、「せめて看板を」という生き方をする。
東大に入りました、あの○○商社に入りましたと、せめてもの「看板」をふりまわす。カフェでパソコンをたたいていて、“あの人、実は○○銀行に勤めていたんだよ”といわれたりすると、ちょっとだけ嬉しくなるが、問題はその人の「今」がどうかである。看板やブランド価値がこれから社会的になくなっていくことはわかっていても、せめて名前の知れた学校に入ろうとする、せめて大きな会社に入ろうとする。せめて東京となる。どこの大学で何を学んでいるのかわからないが、「東京の方の大学に行ってます」といっただけで、“ああそうですか…”となる。ぎりぎり「せめて」社会にいるが、もう終わる。


看板では、もう通用しない。
「力」と「努力」がその人の本当の実力。想像力や着想力や創造力といった、その人の持つ「力」と、実現に向けた「努力」がその人の本当の実力だが、努力しなくてすむなら、努力したくない。楽をしたい。


楽をしたいというのが人間の普遍的な原理。
歩いていた人が自転車に乗り、電車に乗り、自動車に乗る。すこしでも楽になりたい。洗濯もそう。川で洗濯していたのがたらいになり、洗濯機になった。”楽にしたい”がビジネス、モノづくりを前へ前へとすすめていったが、生きることを楽にすることはできない。だから無理をしない。だから挑戦しない。だから失敗をしないような生き方をしようとする。


失敗しないようにするために、どうしたらいいのか。
チャレンジして失敗したら、どうして失敗したのかを考えて、次に活かすべきなのに、それをしない。失敗したらおしまい。次はないと思う。だからなぜ失敗したのかを省みることなく、総括することなく、「失敗しないようにする」→「失敗してはいけない」と思うようになった。


そんな失敗観のなかに生きる。
社会人として生きていくために、なにをしたらいいのかを考える。自分の身近にいる上司や先輩でうまくいっている人の生き方を真似する。上司や先輩と同じことを繰り返す。それは成功するためにというよりも、失敗しないために、上司・先輩のやり方を繰り返そうとする。

繰り返すとは、文化(カルチャー)の本質。文化(Culture)の語源Cultivate は“耕し、種を蒔き、水・養分を与え、収穫し、よい種を取り、また翌年種を蒔く…そしてまた育て収穫する”こと。繰り返すことが文化の本質ではあるが、文化には「良い文化」と「悪い文化」がある。
継承と承継という言葉がある。言葉遊びではないが、「継承」は先代から「事業」を引き継ぐといって、そっくりそのまま先代のやり方を引き継ぐのに対して、「承継」は先代の考え方や想いを受け取り、自分の考え方と融合しながら受け継いでいくこと。継承と承継はちがう。世の中、「継承」が多い。

 

「約束型社会」でなくなる。
戦前も江戸時代も、実は「約束型社会」ではなかった。約束型社会は戦後この数十年の社会的価値であった。将来を約束すると思われた「勉強」が将来を約束するわけではなくなりつつある。しかしリングに上がらない努力は努力と呼ばない。「勉強」はさながらリング外でスパークリングしつづけているようなもの。リングにあがって戦わない限り、ずっと「勉強」して“おわり”となる。
「資格取得」がはやる。「資格」は約束型社会における看板のようなもの。資格は一回取得すれば自動更新。ずっと乗っかれた。それが崩れつつある。“運転免許”返上問題のようなことがどんどんおこる。学校での落第のような会社員落第がおこったり、学校の先生、医師、弁護士、税理士の落第がおこる。AIで仕事がなくなる職業・仕事といって騒がれているが、もうすでに「適合不全」は進行している。


「前提条件」が変わっている。
“百科事典を家に持っていますか?”と大学や高校の講義で訊いたら、1%か2%しか家にない。かつて百科事典や資料を自ら集めて読んで勉強したが、今はあっという間にスマホで情報は集められる。かつての学校の先生は「物知り」だった。生徒や学生よりも、専門分野の知識・情報を誰よりも持っていた。今ではスマホで検索したら、かつては先生しか持っていなかった情報をいくらでも楽々と手にすることができるようになった。「物知り」先生はいらなくなる。


これまでのやり方では通用しない。
情報改革は「経験」を無意味にする。物知りや記憶マシーンでは通用しない。古い情報と新しい情報と異なる情報、オンラインとオフラインなど多様な情報を組み合わせ、掛けあわせて、融合させて、本物をうみださないといけない時代。IoTにAI化が進んでいるのに、今までどおり考動するから、ズレる。スマホがあれば大丈夫だという人もいるが、「検索ワード」を浮かべて、スマホを駆使できる厚い「知的基盤」がないと、必要な情報を集めて、アナロジーをきかせられない。


“問題があって答えを求める”時代から、“問題そのものを考える”時代になったと識者がいうが、前提条件が変わった。学び方が変わった。教え方が変わった。仕事の仕方が変わった。それなのに、形だけ、恰好だけ、スタイルだけを変えて、「前提条件」を昔のままにしているから、ズレる。「その前提条件でいいのか?」からまず考えないと、ずっとズレまくる。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


〔日経新聞社COMEMO 2月21日掲載分〕

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