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2013年06月06日 by 栗本 智代

オダサクの作品から、心の故郷を想う

「大阪は木のない都だといわれているが、しかし私の幼児の記憶は不思議に木と結びついている」。大阪出身で、代表作「夫婦善哉」などで知られる作家、織田作之助(愛称・オダサク)が、昭和19年に発表した「木の都」の冒頭である。神社やお寺の境内、坂道を緑に覆っていた樟や松、銀杏の木々など、生まれ育ったまちへの強い愛着が感じられる一節である。大阪市天王寺区。裏通りに長屋が連なる下町なのに、高台にあるため上町と呼ばれていること、源聖寺坂、愛染坂、口縄坂など多数の坂が巡っていることなど、故郷を丁寧に記している。

  甘い青春への回想、人やまちの移り変わりへの寂しさをつぶやく主人公の言葉は、作者の心象風景そのものである。実際に現地に赴いてみると、繊細な感性で表現された「木の都」は驚くほど名残をとどめていた。舞台となった口縄坂にたたずむと、静けさと澄んだ空気に癒され、新緑のまぶしさのせいか、一瞬時空をさまようような、不思議な感覚にとらわれた。

 オダサクの作品は、路地裏や盛り場を背景にした、けっして裕福ではない庶民の喜怒哀楽の描写に独特の味わいがある。同時に、長屋、寄席、商店や作者自身も通ったうまい食べもん屋など、戦前戦後の大阪のまちをそのまま記録しており、地誌としての役割も果たす。自然があふれる寺町、芸能文化が花開いていた芝居小屋、「赤い灯青い灯」のカフェやサロン。オダサクがもっとも愛し、東京での放浪生活後、息を引き取る瞬間まで、心の根っこをおろしていた場所だったのだろう。

 人生の物語を紡いだまち、根っこがあるまちは、離れれば離れるほど懐かしく、その価値が再認識されるものだ。今年は織田作之助生誕100年。改めて作品に触れると、自分の心の故郷を確かめられる気がする。梅雨の合間に、わがまちの並木道や公園、神社仏閣、あるいは駅前や商店街などをゆっくり散歩してみると、意外なお宝を発見できるかもしれない。

(写真は、口縄坂) 

 * 平成25年6月7日 毎日新聞(大阪本社)夕刊掲載