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Home>新着情報>連載フォト・エッセイ 「耕す人々」(最終回) 農業で第二の人生を「至福の時」に

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研究報告

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連載フォト・エッセイ 「耕す人々」(最終回) 農業で第二の人生を「至福の時」に

No.

19

作成年月日

2013年07月01日

執筆者名

太田 順一

備考

和歌山県日高川町は、温暖で風光明媚な山あいの里。
県のほぼ真ん中に位置し、大阪からだと車で2時間の距離だ。
安珍清姫の物語で有名な道成寺があることで知られるが、近年は田舎暮らしに憧れる都市住民にとって絶好の移住地として注目を浴びる。
その高い人気は、受け入れの窓口となって移住者を手厚くサポートしてきた「ゆめ倶楽部21」の功績によるところが大きい。
今までにU・Iターンしてきた人は200人にものぼる。

「ゆめ倶楽部21」は、都会から人をもっと呼び込んで山里を活性化させようと、日高川町の旧住民だけでなく移住してきた新住民、それに行政なども加わって2002年に発足した。田舎暮らしのセミナーや体験ツアーを催して移住の相談にのり、短期滞在の世話をしたり、定住のための空き家の紹介もする。
倶楽部の創設時からのメンバーである瀧川泰彦さん(75)は、移住者組のひとりだ。大阪の大手化学会社の部長をしていたが、田舎でのんびり過ごしたいと思い、1999年、定年を機にIターンしてきた。
農業をするつもりはなかった。新築した家の前には釣りをするのに最適の川が流れ、近くには温泉、ゴルフ場まである。三拍子そろった理想郷に来たわけで、「こりゃあ、毎日、楽しめるぞ」とゴルフ場の会員権も買った。
ところが、である。隣の大きな家に住む地主が急死して、奥さんから「主人に代わって田んぼをやってもらえませんか」と哀願された。他の移住者とも相談して3人で引き受けることにした。農業経験ゼロのド素人だが、3人でなら何とかなりそうな気がしたのだ。「ゴルフのクラブをくわ鍬に持ち替えたんですな。同じたま球をたたくのなら、地球のほうをたたこうかと思って。アハハ」 悪戦苦闘、そして失敗の連続。が、持ち前の研究熱心さをフルに発揮して、見事、3反の田んぼに黄金の実りをもたらした。
「至福の時とはこのようなことをいうのか、と感激しましたわ」
この感動をもっと多くの人と分かち合いたいと、2003年、都市住民を対象に「米づくり塾」を倶楽部のなかに立ち上げた。今までに70人の塾生を送り出し、うち31人が日高川町などの農村に移住を果たしている。