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情報誌CEL

下村 純一

2011年03月25日

連載 関西近代化遺産紀行 最終回

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備考

2011年03月25日

下村 純一

都市・コミュニティ

地域活性化

情報誌CEL (Vol.96)

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 国土を整備し、都市を形成し、産業基盤を築く。その近代化の道程でつくり出された物たちの今は、現役継続か、あるいは資料として保存のどちらかになることが大半だ。この連載で、これまで訪ねた布引のダムや地下鉄御堂筋線は前者であり、毛馬の運河や生野銀山は歴史を刻む遺構として保存展示されている。
 そのどちらにも属さない、いわば近代化産業遺産活用の第3の道を探るプロジェクトが進行していると聞き、訪ねてみた。木津川河畔の北加賀屋の地で昭和6(1931)年から昭和54(1979)年まで稼働していた「名村造船所大阪工場」の跡地利用をめぐるプロジェクトである。
 経済産業省の「近代化産業遺産群33」に認定されるよりも早く、その3年前の平成16(2004)年から、ここを芸術文化の拠点に育てるべく「NAMURA ART MEETING」はスタートした。旧工場のドック(船渠)2基と事務棟、工場棟を残しつつ、演劇や展覧会などが行われる場へと変身させようという大胆な試みである。そんなことが、果たして可能なのだろうか。
 30数年前まで操業していた工場ということもあって、近代化産業遺産としては、まだ新しい部類に入るため見た目にも古さは感じられない。むしろ人が去り、音の絶えてしまった寂しさに跡地は支配されていた。4万トン級のタンカーも造っていたドックには、巨大なウインチや鉄鎖が赤錆びを浮かせたまま放置され、壁を失い鉄骨を晒した工場棟がひとりポツンと立っている。
 殺風景とは、まさにこうした場のことかと感傷的な気分に陥りながら足を踏み入れた旧事務棟で、様相が一変した。2階の床の一部を取り除いて吹き放ちの空間が設けられていて、そこで幾人もの若者が舞台の仕込みに励んでいたのである。造船所の事務棟らしく天井が高いため階高は十分で、2階から下を覗き込むと吸い込まれそうなほどの大穴が開いている。いわば奈落の底を舞台に仕上げようというのだ。工場という特異な空間のみが生み出しうる演劇の場ではあるまいか。同じ事務棟の最上階全体を占める原寸大製図室も、他にはない造船所らしいスペースだろう。この階だけは無柱で天井の低い、ただ広大な床だけの部屋になっていて、かつては巨大な部材の原寸大図面が引かれていた。
 これら造船所ならではの空間が残されていればこそ、アーティストたちの心をかき立てるのだろう。彼らの多くは20代、30代の若者で、昭和の工場跡は、彼らにとって十分に斬新かつレトロに感じられるはずだ。あるいは、歴史的遺構とすら目に映っているかもしれず、そうした場に相応しい新たな表現を模索しようとしているように感じた。従来からの機能を続けるのでも、そのままの形で保存するのでもない、第3の近代化産業遺産の活用方法の芽を名村で見たような気がした。