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2019年07月25日 by 池永 寛明

【耕育編】龍は怒っている


龍が暴れだしている。龍は河川のこと。龍は、“古代中国で治水した人がその国を治めた”という歴史を象徴するもの。大河が何度も何度も暴れ、氾濫し、人々を苦しめた。その大河を治めたものが皇帝となり、龍が中華皇帝のシンボルとなった。

龍を使えるのは皇帝・王族だけだった。中国や日本の寺院には龍がいるが、インドやチベットの寺院には龍はいない。龍は中国発祥で、「中華」の象徴であり、龍がでてくるのは文化が中国を経由してきた証拠である。

古代中華の最大の産業は稲作であったため、川を治めること、治水が産業政策上、なによりも大切だった。その稲作が中国から日本に伝わるときに、治水技術とともに、「龍」が伝わった。

日本には、中国のような大河はないが、日本にも龍のつく川がある。たとえば、天龍川。諏訪湖から南アルプスを抜けて滔々と流れ、太平洋に出る。古代日本には現代のようなダムがなく、圧倒的な水量の大河であったため「大川」と呼ばれ、日本を西と東に分けていると古代には考えられていた。室町時代になって、龍が天に登る様から「天龍川」と呼ばれるようになったという。

宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のハクは白い龍で、川に棲む神様。古代神話のヤマタノオロチは大蛇つまり龍。日本にも川の氾濫と戦ってきた歴史が埋めこまれている。


「龍」は、現在もいる。大雨、台風で、川が暴れる。山を削り、道が冠水、陥没する。人々は身を守るために避難する。たとえば年老いた母親が助けて欲しいと、東京にいる息子に電話をかけたとする。田舎で大雨で困っている母親を助けに行こうとする。しかし道が通じなくて間に合わなかったではすまされない。現地の道をスピーディに復旧、確保して、そこにたどりつけるようにしなければ、と考えるのが日本。

江戸時代の幕藩体制から明治時代となり、各藩を統合して日本をひとつにした。ひとつという意味は地方・地域でなにかがおこったら、日本のどこに住んでいようとも、地方・地域にたどり着けるようにしないと人心を安心させられない、そうでないと、全国各地から安心して東京に移住してもらえない、だから国は、中央と地方をつなぐために、河川・道路をつくり、守ってきた。

道路は、たんなるモノをはこぶ物流や軍事の動脈だけではない。「日本国民の心と心をつなぐ、心をとおす動脈」と、明治時代以来、国は考えてきた。記録的大雨で、田舎に住む母親が取り残されたが、道がなくて行けなかった、川が氾濫して橋が流されたから行けなかった、たどり着いたら亡くなっていたでは、人心を統べることはできない。東京から地方を見ているのと、地方から東京を見ているのとでは、見え方はちがう。ともすれば地方からみたら、「捨てられる」とおもってしまう。そうならないようにと国は考えてきた。

国は困っている人を決して「見捨てない」と考え、国民の心を想ってきた。道とは「国民の心を通すためのもの」という考えこそ、国の統治の基本。雪が降ったら雪かきをする。24時間、除雪車は走る。雪で車を停めてはいけないし、どんな大雨でも助けを求めている人のいるところに、助けようとする人がたどりつけるように、道がつかえるようにする。そのためにトンネルをつくり、川に橋を架ける。日本のどこにいようが、助けを求める人のところに確実にたどりつけるようにネットワークを構築しつつ日々備えてきた。

泣いているおばあちゃんを一人にはしない―天皇が被災地に飛んでいって、「頑張ってください」と声をかける姿は人々の「自分が国民の一員である」ことを再認識し、安心し、「自分は見捨てられていない」という想いを育む。こんな遠いところにまで来ていただき、言葉をかけていただいたことに、勇気づけられてきた。

「国民の心を通す」が河川、道路、通信、エネルギーとした社会インフラ、ネットワークの要諦である。日本と海外との根本的なちがいはこれ。海外は中央と地方は別物、独立していると考え、日本は中央と地方を結び一体となったものと考え、インフラ、ネットワーク、仕組みを構築し維持しつづけ、人々が懸命に動く。九州での記録的大雨の映像を見ながら、そのことを再確認した。

(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  7月5日掲載分