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2019年06月05日 by 池永 寛明

【起動篇】 おもてなしの「お」はいらない

 


5年前のIOC総会での滝川クリステルさんのプレゼン「お・も・て・な・し」、OMOTENASHIはインパクトがあった。情感が込められたプレゼンを契機に、インバウンドが急増する日本で、「お・も・て・な・し」が増えていったが、おもてなしの「お」はいらない。


かつて日本は「見えないもの」を見よう、伝えようとする文化だった。それが現在「見えるもの」を見ようとする文化になった。かつ「見えるもの」をより見えるように、派手に華美にしようとしている日本。


中国や東南アジアの山岳地帯の一部で、求愛の歌をかけあう歌垣という習俗が残っている。かつては日本にも歌垣があり、歌って心を伝えあっていた。たとえば万葉集には、求婚や喜び、哀悼の歌が多く盛りこまれている。自分が感じていること、想っていることを相手の心に送る手段は「歌」だった。目に見えるものではなく、目に見えないことを伝えた。その日本人が「歌」で、心を伝えようとはしなくなった。日本人の「五感」のなかから、「歌をおくる」ことがおちた。


君が代もそう。君が代は明治政府がはじめてつくったものではない。君が代の歌詞は平安時代からあり 、家の長老の誕生日や正月に、身内のものたちが年寄りの長寿を祈って歌ったのが君が代であり、現代とは別の節で歌っていた。それを明治時代に西洋和風に編曲しなおし、現代の君が代となった。



歌はたんなる歌ではなかった。本質は「もてなし」にある。もてなしを「心のこもった接待、歓待」という意味で「名詞」でとらえられがちであるが、「もてなす」とは「〜をもって(以って)、〜をなす」のことである。




たとえば旅人が旅館、ホテルに着いて、フロントのそばの椅子に座っているとお茶を出していただける。このお茶はなにか。ホテルの人はお茶を出すという「所作」をもって、旅人に対して、“遠いところまでお越しいただきお疲れさました。わざわざありがとうございました。ほんとうに本日はようこそいらっしゃいました”という想いをこめて、お茶をもってお迎えするのが「もてなし」である。


もてなしは、単に相手の喜ぶことをするのではなく、“なにをもって、なにをなすか”である。歌をもって愛の心を伝える、お茶をもって歓迎の心を伝えるのが「もてなし」。「もてなし」の丁寧語として「おもてなし」といっているが、「もてなし」をうけた人が、「おもてなし、ありがとう」というならわかるが、自分がすることに、「お」をつけるのはおかしい。


「おもてなし」が手段となっている。とりわけインバウンド、外国から日本に来ていただく観光客へのサービス産業の「おもてなし」「OMOTENASHI」がスタイルとなっている。もてなしの「なにをもって、なにをなす」の後半がはがれ「心」を失って、形だけ、方法論だけになりつつある。


石田三成が豊臣秀吉にお出しした3献茶の物語がある。ぬるめのお茶 → やや熱めのお茶 → 熱々のお茶というように三度温度を変えて出された。これこそもてなし。鷹狩りのあとで喉がかわいた秀吉の状況を石田三成が想像して、どのようにしたら秀吉がほっとしていただけるかという心配りを示したもてなしだった。この物語が400年後の現代にまで語りつがれていることこそ、日本のもてなし文化と思っていたが、どうもスタイルの「おもてなし」に変わってきているような気がする。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  530日掲載分