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2019年05月16日 by 池永 寛明

【時間篇】 ずっこけ社会 ─ 「絶対王者」が負けた


現代日本で「ずっこけ」が多くなった。

僕は「絶対に合格する」と公言し、まわりも「絶対そうだ」と思っていたが、不合格になり、みんな「ずっこけ」た。本人を含め大方の予想から外れること、都合よく描いた姿にならないことを「ずっこけ」という。


「ずっこけ」が日本を蔓延している。

「絶対優勝する」といわれていたが、メダルもとれなかった。「!?なに?だめだった?」と優勝を確信していた人たちは、ずっこける。ずっこけたあとが問題 ─ えへへ、えへへと照れ笑いを浮かべ、饒舌に騙(かた)る。ちょっと前までならば、見なかった風景。


「絶対王者」に「絶対女王」。

マスコミが刺激的なキャッチコピーをつけて期待値をあげ、「そうならなかった」ときは、梯子を外す。「絶対に勝つ」「必ずそうなる」という雰囲気を盛りあげ、それが果たせなかったとき、みんなをずっこけさせる。冷静に自己分析して失敗の理由を語るのならばいいが、ビッグマウスとなって言い訳を騙(かた)りつづけ、「次は必ず勝つ」と宣言する人が多い。


「絶対にこうなる」と、現代日本は標榜しすぎる。

初めから「打ち出し」が強すぎる。「絶対そうだ!これは価値ある!これが大事!」と標榜し、雰囲気をつくりあげる。しかしできると公言していたが、うまくいかなかった。マスコミが「国民の知る権利」だといって、なぜだめだったのかを語らせようと、敗者にマイクをつきだすということは、かつては遠慮していた。「絶対××」などと期待値を勝手にもちあげているから、本人はマスコミがつくった勝利・成功のイメージを「前提」に、騙らざるを得なくなる。


「沈黙は金、雄弁は銀」とかつてはいったが、最近あまり聞かなくなった。

水泳の北島康介や貴乃花あたりから「ビッグマウス」が増えてきた。圧倒的に実力がある人が自分を鼓舞するために決意を語るのはいいが、ちょっと頭角を現した人までもが「ビッグマウス」となる空気が広がっている。黙っていたら、評価されなくなった。だから標榜が先行して、雄弁にアジテーションする。社会もそれを求めるようになった。


日本はいつからか「アジテーション社会」にもなった。

そのアジテーションで、信じる信じないかは受けとる側次第だが、期待を裏切らないといった人が期待を裏切ったとき、「なんだよ!」となる。その落差でつぶれていく人も多い。期待が高いのはいいが、そのイメージを、演じなければならないという空気が充満しているのも現代社会。その結果、ひきおこすのは、「えへへ」系のずっこけ。そのような「ずっこけ」が許されるならば、信念をもって熱い想いをもって生きていくことが馬鹿らしくなっていく。とはいうものの、正直者が馬鹿を見る社会にしてはいけない。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  423日掲載分