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2019年05月14日 by 池永 寛明

【耕育篇】 ウチとソトの境がなくなった

(江戸東京たてもの園 天明家(農家))


電車のなかで、このような凄まじい姿を見かけるようになって、どれくらい経っただろうか。おばあちゃんが我先にと車内に入って優先座席をおさえ、後ろから入ってきた孫に、「あんた、ここに座りなさい」といって、孫はどかんと優先席に座る。孫といっても、小学生の上級生。すこしやりすぎだろう。


優先座席に座っている若者が目立つ。ヘッドフォンから音漏れをしている。そしてひたすらゲーム。他の音が聞こえない、まわりが見えない。だからその若者の前に高齢者が立っても、気がつかない。たまりかねて、海外から来られた旅人が高齢者に席を譲る姿を見ることもある。


お店で買い物をしている若者が店員さんと話をしているやりとりを聴いていると、そんな言い方しなくもとひやひやすることがある。上から目線な話をする。しかしその若者の話しぶりは偉そうに、高圧的に、傲慢なように聞こえるが、実は悪気なくそういう話し方をしていることに気づかされる。たんにソトの人との対話に慣れていないだけかもしれない。


これらの姿から、日本人は、「思い遣りがなくなった・感性が鈍くなった」から、そうなったとよりいわれるが、この行動の背景に、「ウチの人に守られすぎている」という要素も大きいのではないだろうか。


小さいころから社会人まで、親に祖父母に守られ、

大事に育てられてきた人も多い。「甘やかされてきた」というよりも、「守られている」と言ったほうが近い。しかし当の本人である子どもたちには、「家(ウチ)のなかで守られている」という感覚はない。しかしいざ社会という外(ソト)の世界に出て、内(ウチ)とはちがう外(ソト)の風景に出会って驚いたり、他人に注意されたりすると、キレる。


ウチとソトという境がなくなった。

ウチで手厚く「守られ」、そのウチウチ(内々)のことをソト(外)に持ちこんだのは、子どもたちの親の世代であり、祖父母の世代である。電車の座席に靴をはいたまま、子どもが座席の上に立っても、放置する親・祖父母もいる。かつての親や祖父母は注意したが、「靴をはいたままでは席が汚れるのでダメだ」という感覚がない。ウチウチのロジックを何の疑問もなく、そのままソトに持ち込む。


電車のなかで、赤ちゃんがぐずる。

すると「静かにしなさい」と、お母さんが大きな声を出して注意する。それは子どものために注意をしているのではない。むしろ車に乗っているまわりから白い目で見られるのが嫌だから、「静かにしなさい」と形だけ言葉を発すだけで、子どもは泣きやまない。「子どもだから、泣くのは仕方ないじゃない」と平然とする。ここでも、ウチのルールをソトに持ち込む。かつては電車で赤ちゃんがぐずる可能性があるのが判っていたから、余裕をもって電車に乗るなど工夫して乗ったりしたが、あわててギリギリに乗るから子どもが泣き出す。


「世間に肩身が狭い」「世間に顔向けできない」

という言葉を使う人も減ってきた。そんなことを気にしないで、子どもはのびのびと自由に育てたらいい、家、ウチでは子どもの好きなようにさせたらいい、自由奔放にさせるのだと考えているうちに、「傍若無人な振る舞い」がいつの間にかそれが普通になった。人それぞれ、その家それぞれの教育方針だからウチのルールは自由だが、ソトはウチではない。ソトでやっていいことと、いけないことがある。「それはダメだよ」と教えないといけない。親や祖父母がいわなければ、他人がいわないといけない。


“ここはあなたの家(うち)ではなく、世間なのだから世間のルールでやらないといけない”、“あなたはいいけど、他の人には迷惑なのだよ”と諭す親、祖父母が減り、他人にそういうことをいわれると、子どもだけでなく、親、祖父母が“ウチのことに、とやかく言うなよ”とキレる。


ウチでしていることをソトでする。

ウォークマンからはじまった「家でのスタイル」のソトへの広がり。いいことばかりではなく、具合悪いこともある。“あなたはいいけど、他の人には迷惑なのだ”という意識がない。ウチとソトの境がなくなった。


かつて日本住宅には、「縁側」「土間」「中庭」があった。

家の内でも外でもない「中間」があった。その中間はウチでもなくソトでもない「場所」であって、家と外を結ぶ空間、ウチとソトを行き来できる「空間」が社会にあったが、それがなくなった。だからウチとソトの境がなくなり、ウチのモード(様式)でソトを行動する人が増えた。


(エネルギー・文化研究所 顧問 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  411日掲載分