CELは、大阪ガスグループが将来にわたり社会のお役に立つ存在であり続けることができるように研究を続けています。

エネルギー・文化研究

  • サイトマップ
  • お問い合わせ
  • 大阪ガス総合トップ
  • 大阪ガス

JP/EN

Home>コラム

コラム

コラム一覧へ

2018年07月27日 by 池永 寛明

【場会篇】 117から23年(2) ─ 「現場観」を共通言語にする

 


ヨシでつくられた茅の輪を左回り、右回り、左回りと、くぐる。船場の事務所そばの御霊神社で、夏越しの大祓の茅の輪くぐりをした。1年の半分を折り返す6月晦日に、1月から半年のうちに身についた罪や穢れを祓う行事である。京都では白いういろうの生地に小豆を載せた三角形の和菓子「水無月」を夏越の大祓に食べる。これから本格化する暑い夏に、心身が負けぬよう、病にならぬようにとの願いが込められている。


行事には、意味がある。行事をアクセントに、日本の四季の変化に対して「生活」「行動」様式を変えて生きてきた。たとえば冬から春、そして夏にいたる4ヶ月間に、気温・湿度が一気に上昇する。その夏を乗り切るため、かつて日本家屋は季節にあわせて障子やふすまの建具替、衣替えなど生活スタイルを変えてきた。


料理も変えた。日本料理も旬の食材の変化とともに、食べる料理の順番を変え、料理に使う塩と醤油の配分を変える。塩対醤油の配分を冬の37を初夏に64とし、夏には73とする。夏に向かうにつれて、塩の比率を高める。このように塩加減、「塩梅」が大事になる。現代では物を具合よく並べるという意味の「按配」と同じく「あんばい」と読まれるが、もとは塩と梅酢で味の加減をしていたことから「塩梅(えんばい)」と読まれていた。言葉にも、意味がある。


日本料理には、季節とともに生きる日本人の知恵、地域文化がもりこまれている。旬の食材の特徴を考え、食材ごとに生、煮る、焼く、炊く、揚げる、蒸すという調理を行い、塩と醤油の配合をかえ、人の内臓、筋肉、血、水、熱を調え、身体が本来もっているレジリエンス(回復)力を高め、夏を乗りきった。夏越の大祓などの行事などが季節の節目節目におこなわれ、生活スタイルを変換させていた。


夏越の大祓、芽の輪くぐり、水無月、旬の料理などを「古い」「関係がない」「意味がない」と、先人の知恵を斬って捨ててしまった。行事や旬の料理は現代に一部残るものの、なぜそれをするのか、なぜそれを食べるのかを忘れてしまった。もともとの意味、理由、背景、文脈をみんな忘れてしまった。だから社会の諸相に「適合不全」をひきおこしてしまっている。


大阪北部地震から、4日が経った。地域社会インフラが順次回復しつつある。都市ガスは地震発生に伴い市民の生命を守るために自動的にガスを停止し、お風呂や調理などで大変ご不便をおかけしている。全国のガス事業者には、応援をいただきつつ、全力をあげ安全を確認しつつ、順次復旧させていただいている。


東日本大震災およびそれ以降の災害経験に学び、全国的にレジリエンス(回復力、復元力、強靭さ、しなやかさ)に取り組んできたことから、今回の地震からのレジリエンス力にも発揮されている。縦揺れ、横揺れで地盤に相当影響しただろうが、関西の鉄道交通は翌日ほぼ全線を開通した。また地震で倒壊・破損したテレビの買い替えが殺到した電器量販店は深夜にわたって配達、取りつけがおこなわれた。私の家にテレビを配達していただいたのは23時だった。次の配達先もあると聴いた。各所での現場の懸命な活動が繰り広げられている。


インフラ会社、流通・物流会社、メーカー、自治体の昼夜にわたる復旧活動によって、大阪の都市機能を恢復させつつある。23年前の阪神・淡路大震災と比べて、大きな変化は「情報通信」である。情報システムがネットワークでつながることで、データの速度と量と利用パターンが爆発的に増えている。しかしこの情報の意味と使い方のノウハウを理解していないと、宝の持ち腐れとなる。


情報システムによって生みだされるデジタル情報やデータはインプットとアウトプットのみで、まんなかのプロセスがブラックボックスとなっていく。さらにインプットすら見えなくなり、アウトプットだけになり、数字・情報などデータの「意味」がわからなくなっていく。


さらに117から23年が経ち、阪神・淡路大震災での現場経験がない人が関西の自治体や企業で半数にのぼりつつある。事前に訓練をしていても、有事での現場経験、現場感覚がないと、画面にうつしだされる映像や、パソコンの画面に表示される、打ち出される数字、情報、データが立体的・構造的につかめず、「現実」を読み解けない。有事経験者と未経験者をつなぐ共通言語は「現場観」であり、現物であり、現実である。情報システムから生み出されるデータを読み解き、行動につなげられるのは「現場観」である。


有事経験者と未経験者とが「現場」で混じりあって、互いに議論し、試行錯誤して、協働しあうプロセスを踏むことで目的を達しつつ、プロセスに学び、「本質」をつかみ、次につなげる。それがまた将来の有事に役立つ。それが災害、有事の「文化」となる。情報システムに使われることなく、使いこなすのは、まさに「現場観」のあるなしである。「現場観」を地域・組織のなかで、意図的に育て、とり戻すことが、IT時代になればなるほど求められる。


本日は猛暑、明日は雨模様。自宅外に避難されている皆さま、復旧作業をしている皆さま、くれぐれもお気をつけください。夏越の大祓に寄せて。


(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  622日掲載分