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2018年07月20日 by 池永 寛明

【耕育篇】 セーラームーンからAKB48:「セーラー服文化」が世界に広がったのは?


日本の女子生徒がセーラー服を着てから、ほぼ100年。セーラー服は英国の海軍水兵の制服としてつくられた。船の甲板は風が強く、水兵どおしの声が聞きとりにくいので、襟をたて袋状にして「集音」する形状の服「セーラー服」がつくられた。この水兵のセーラー服を英国王室が可愛らしいと、子どもたちに着させたことから、英国で子ども服が広がり、欧米の子どもや女性たちのファッションともなった。そのセーラー服が日本に渡った。1872年に日本海軍が採用した50年後に、京都と福岡の女学校でセーラー服を取り入れ、全国の女学生の制服として広がり、100年後の今も、中学生の半数の制服として採用されている。


「セーラー服を来た日本の女子生徒」というイメージ基盤をもとに、アニメの「美少女戦士セーラームーン」がコスプレとともに世界に広がり、さらにAKB48的なアイドルグループという方法論にて拡張している。もともと「集音機能」としての役割の大きな襟というセーラー服の形状は今も守られ、女子生徒の制服スタイルから多面的、多層的に翻され、様々な形となって世界に伝播していった。水兵の制服「セーラー服」の様式を踏襲しながら、新たなものを組み込みつつ、多様性を帯びつつ、現代化していくという「セーラー服」文化を日本に育てた。


日本では、文化のことを能や狂言、文楽、陶器、茶道、華道のような「伝統芸能や芸術、美術」を指しがちだが、それぞれは芸術品であって、「文化」ではない。文化は「カルチャー」の翻訳。語源は「カルチベイト」、耕し、繰り返すこと。過去からのやり方の95%を承継しつつ、新たなことを5%加えて、進化させ、洗練しつづける。繰り返しながら、育んでいくことが「文化」である。たとえば歌舞伎はワンピースと融合したり、歌舞伎とオペラが融合したりといったように、過去の形式・様式をそっくりそのまま繋いでいくのではなく、その基本・本質を守り、その時代時代の新たなもの異なるものを取り入れ、組み合わせ、時代に受け入れられるものをつくるという「方法論」こそが、文化である。


しかしながら文化という方法論で、気をつけないといけないことがある。継承と承継は、ちがうということ。継承は受け繋いで承ること、あるものそのままを受け入れて繋いでいくこと。一方、承継とは承って受け継ぐこと。あるものの本質を理解して自分のものとして繋いでいくこと。文化とは、伝統的なるものを「継承」するのではなく、「承継」すること。日本はこの本来の「文化という方法論」をとりちがえ、失くしつつある。


3月にデンマークのコペンハーゲンにある、世界から注目を集めるデザインスクール兼研究機関CIIDのシモーナ・マスキCEOと、モノづくりの議論をした。彼女と話をしていて、「カルチャー」という言葉がかみあわない。彼女の使う「カルチャー」は、日本で使われる狭義の「文化」ではない。


CIIDでは毎年、世界から毎年24名の多様な国、バックグラウンドの違う学生に来ていただき、インタラクションデザインの教育をおこなっています。ここではイタリア訛り、インド訛り、中国訛りなど、癖のある英語が飛び交っているが、英語という言語よりも、モノづくりにおけるプロトタイプが重要な共通語となっています。それぞれの国のカルチャーと言語、言葉では、学生は別々のイメージをもってしまいます。バックグラウンドが違う人たちが理解しあうのに、言葉以上に具体的なプロトタイプをつくることが大切です」とイタリア人のマスキCEO


「多様性が大切」という。では、多様性とはどういう意味か?マスキCEOは「毎週のように世界から来た24名がチームでプロトタイプのモノづくりをします。モノづくりのプロセスのなかで学生それぞれの国のカルチャーをぶつけあるのではなく、チームのなかでカルチャーを育てることを大切にしています」。


日本はモノづくりやまちづくりは技術、インフラ、ハードをなによりも優先してきた。「文化」を十分に活かせていない。「しかしながら、日本には大きなアドバンテージがある。日本のカルチャー、組織のなかにある秩序と規律、そして優雅な美意識のあいだにある絶妙なバランスです。日本が持っているセンスや方法論に、デジタル技術などの新たなものをかけあわせたら、素晴らしい方向に左右するのではないでしょうか?」とマスキCEOはじっと私の目を見た。


コペンハーゲンのデザインスクールの会議室で、彼女と議論しながら、冒頭の日本が育てた「セーラー服文化」が頭のなかに浮かんだ。多様性とともに、この日本がつちかってきた「文化の方法論」をいかにして再起動できるのだろうか


(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  524日掲載分