CELは、大阪ガスグループが将来にわたり社会のお役に立つ存在であり続けることができるように研究を続けています。

エネルギー・文化研究

  • サイトマップ
  • お問い合わせ
  • 大阪ガス総合トップ
  • 大阪ガス

JP/EN

Home>コラム

コラム

コラム一覧へ

2018年04月16日 by 池永 寛明

【耕育篇】  「めんどくさい」子ども、「ええんちゃう」大人

   


“外国に行きたいと思う人?”と、塾の先生が小学 6年生に質問したところ、30人中3人しか手をあげなかった。“どうしてなの?”と訊くと、「めんどくさい」といっせいに答えた小学生たち。“外国で、いままでとちがったものを見ることができるよ”と問うと、「わざわざ外国に行かなくても、グーグルアースで見れるよ」といっせいに子どもたち。場の空気は、“めんどくさい”につつまれる。


本当は外国に行きたい子どもは多かっただろうが、場が「めんどくさい」という空気をつくってしまう1割しか外国に行きたくないという数字が、現代の「内向き」日本を象徴する。外に行かない。わざわざそこに足をはこんで、そこの空気、寒さ暖かさ、風や光、においを全身に感じて、そこでなにかを見なくても、そこでだれと話をして、そこで話を聴かなくても、スマホでわかる思っている。だから、そこに行くのは、めんどくさい。子どもだけではない、若者も、大人も、「めんどくさい」という。口癖だということではない、深い社会構造がある。


結婚するのがめんどくさい、就職するのがめんどくさい、なんでもかんでもめんどくさい。なぜ結婚しないのか ─ 結婚したくないのか?結婚できないのか?なぜ就職しないのか ─ 就職したくないのか?就職できないのか? ─ そのどちらでもない人たちがいる。「結婚」や「就職」という形態が現実や時代の流れ、価値観と適合しなくなっている。これまでの考え方・形態・仕組み・ルールと、現代社会がずれ、「適合不全」となる。逆に無理やり合わそうとすると過剰適合となり、また別のいろいろな問題をひきおこす。だから「めんどくさい」が増える。


「ええんちゃう」も、増えている。「それでいい」という意味の大阪弁だが、これまでとちがったニュアンスの「ええんちゃう」をまちのあちこちで耳にする。「そうしたいんやったら、ええんちゃう」「もう、ええんちゃう」。


道端にゴミがすてられていても、停めてはいけないところに不法駐車していても、「(本当はあかんけど)ええんちゃう」。誰かがまちのなかで騒いでいても注意せず、「(あの人たちが好きでやっているから)ええんちゃう」。満員電車のなかで大きなリュックサックを背負ってスマホのゲームをしている人がいても、「(迷惑だけど逆ギレされたらこまるから)ええんちゃう」。考えに考えたが判断がつかなくて上司に相談しても、「(あなたの責任でやったらいい)ええんちゃう」。


「ええ=いい」わけない。一見ものわかりが良いようにうつるが、問題だと思う事柄についても、やたら「共感」を示し、受け入れるふりをするが、本当は「いい加減」そのもの。別の見方からすれば、「放置」。無責任でリスクをとることから逃げて、責任を放棄する。「あの人たちがやりたいと言っているのだから、やらしてあげたらええんちゃう」という場の空気がうまれていく。「こんなことしたら、あかんのとちゃうといって注意して、物事を正して、よりよい社会、会社、生活をつくっていこうという空気が薄れつつあることが気になる。


「ええんちゃう」─ そんなわけない


(エネルギー・文化研究所 所長 池永寛明)


日経新聞社COMEMO  223日掲載分(改)