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2012年03月12日 by 豊田 尚吾

生活リテラシーとしてのI-Sバランス

経済は生活者にとって不可欠の営みです。もちろん「経済とは何か」と、辞書的な定義を問われると、「財・サービスの生産、分配および・・・」といった面倒なことになってしまいますが、ここではお金の管理を中心とした家計のやりくりと理解しておきます。

 

そういう意味で、経済力無しに生活を維持することはできません。しかし、その経済を専門的に学ぶ「経済学」を知らなくても、日常生活でそれほど困ることはないと思います。中学や高校で社会、あるいは政治経済といった科目を学び、基本的な経済の知識を得る中で、少しは経済学にふれることもあるでしょう。しかしそれをもう一歩踏み込んで学ぶためには大学の専門課程で特定のカリキュラムを履修する必要があります。

 

ただ、経済学部の中でも、経済学は何の役に立つのかという内容の講義が行われたり、ガイダンスが編纂されたりするところを見ても、確固たるメリットというのは自明ではないのかもしれません。そもそも学問は真理の追求を目的としており、役に立つか立たないかは重要ではないというのは正論です。ただ、経済学を学んだからといって金持ちになれるとは期待しなくとも、経済現象の理解や問題に対する処方箋について答えを導き出せるくらいの力を得たい、ということくらいは高望みとはいえないでしょう。

 

実際には、社会というのは多人数の思いが介在するために複雑極まりなく、なかなか切れ味のよい解を提供してはくれません。「経済学の常識では・・・」というフレーズを使う経済学者さんがおられますが、その常識が必ずしも一般に受け入れられないのは、単に一般人が愚かであるからとはいえないように思います。

 

筆者も不十分ながら、経済学を学んできた者の一人ですが、実社会で長年生活を営むうちに、必ずしも全面的に経済学の体系を肯定することはできなくなりました。ただ、経済学を学ぶことの利点の一つとして、経済の取引が交換(多くの場合は財・サービスとお金の交換)であることを、需要者・供給者両面から整理する重要性を理解できること、を挙げたいと思います。

 

それをあらためて感じたのは、最近話題になっている貿易黒字の赤字化についての解説を目にしたからです。経済が主に交換で成り立っていることは、一つ一つの取引を見れば当たり前の話です。しかし、それが集まり、ある決まった集計の仕方をすると、色々なことが見えてきます。

 

国際収支、経常収支の分析をする場合にはI-Sバランスについて考慮する。これは経済学においては、問題に対する基本的な接近方法の一つです。ここでIは投資Sは貯蓄を表しています。経常収支は家計の貯蓄と企業の投資(の差額)、そして財政収支の合計と一致します。しかし、そう言われても、普通はなんのことかピンとこないと思います。

 

そこでお金の必要性(需要と供給)という面から考えてみましょう(ご存じの方には釈迦に説法ですけれども)。企業が投資するにも、政府が支出を行うにもお金が必要です。それは、国内的には家計部門の貯蓄が銀行などの金融機関を介して融通(ファイナンス)されます。それでも足りない場合は海外から調達しなければなりません。必然的に輸出より輸入を多くしてお金を借りる(赤字にする)必要が出てきます。そいうことから、「家計部門の貯蓄(黒字)−企業部門の投資(赤字)−財政収支の赤字+経常収支の赤字≡0」が成り立ちます。これは方程式ではなく恒等式ですので、常に成り立たなければなりません。因果関係を表しているのではないことには注意が必要です。

 

上の式では勝手に家計は貯蓄超過の黒字、企業は投資の多い赤字などと決めつけています。しかし、ご存じのように、最近の日本は高齢世帯割合の増加(貯蓄を取り崩す世帯の増加)で貯蓄率は0に近づいていますし、企業も投資を手控えてむしろ黒字になることも不思議ではありません。そういう意味で、各部門において黒字か赤字かは自明ではありません。今のところ、経常収支は黒字。企業の収支も黒字になっているということなので書き換えますと「家計部門の貯蓄(黒字)+企業部門の貯蓄(黒字)−財政収支の赤字−経常収支の黒字≡0」となります。つまり、家計と企業がお金の出し手となり、政府と海外部門にお金を貸している(輸出の方が輸入より多いので、海外が日本にお金を借りている状態になります)ということです。

 

これによって、経常収支の分析的な理解がすすみます。例えば財政部門の赤字が増え、家計部門、企業部門の収支が変わらないとすれば、自ずと経常収支の赤字が増大する(あるいは黒字が減る)ということはいえるわけです。

上の恒等式が成り立つ、つまりお金を使うためにはどこからか調達しなければならないという、当たり前のことから、様々な経済現象や今後の(予測とまではいいませんが)予想を立てる場合にも、分析的なアプローチが可能になります。

 

もちろん、これは経済学の体系の中での分野分けとそれに基づく整理です。違う整理や理解の仕方もあるでしょう。しかし、家計、企業、政府部門、海外部門という分け方は色々な面で便利です。このようなI-Sバランスに限らず、需要者と供給者の「財・サービスとお金の交換」というルールを理解するということは、社会現象を部分的ではなく、“相互依存関係にある全体”として捉えることができるという利点があります。

 

だからといって、経常収支の黒字を増大させる処方箋がぱっと出てくるわけではありませんが、国際収支の背後にある国内経済の影響というものが見えてきます。そして必ずしも経常収支の黒字が無条件に善であるわけではないことも理解できます。

 

I-Sバランスや、そのもとになる国民経済計算の三面等価といったこと(経済主体の依存関係のあり姿)は、やや理解のハードルは高いものの、経済学とは無縁の生活者にも一定程度共有されておくべきリテラシーとして認められて欲しいと希望しています。


 


日本経済研究センター「第38回改訂中期経済予測」データを用いて作図
縦軸の数値は「対名目GDP比()」、横軸は「年度」
海外部門のみ赤字額、つまりマイナス値=経常黒字を意味する
予測では2020年に海外部門が赤字になることが予測されている